第045話:潮岬の荒波、橋杭岩の奇岩群
翌朝、白浜駅のホームには、昨日にも増して元気いっぱいのくろしおが待っていた。
「おっはよーう! 二人とも、昨日よりずっといい顔してるじゃないの!」
くろしおが親指を立てて笑う。
幸造は少し照れくさそうに頭を掻き、健太と顔を見合わせて小さく笑った。
列車は紀伊半島の海岸線をさらに南へ、本州最南端の町・串本へとひた走る。
車窓の海は、白浜のエメラルドグリーンから、深い藍色――まさに「黒潮」の名にふさわしい、吸い込まれそうな濃紺へと色を変えていた。
「さあ、降りな! 本州のてっぺん……じゃなくて、どん詰まりの最果てを見せてあげるから!」
串本駅で途中下車し、バスに揺られて向かったのは、北緯三十三度二十六分――本州最南端の地、潮岬だった。
緑の芝生が広がる台地の先端、白亜の灯台の向こうに立った瞬間、二人とも言葉を失った。
「す、すごい風だ……!」
健太は思わず身をすくめた。
足元は、高さ数十メートルの断崖絶壁。そこに、遮るものの何もない外洋の黒潮が、怒濤の勢いで白波となって叩きつけている。
見渡す限り、水平線が丸く弧を描き、海と空の境目が溶け合っていた。
ここから南へ進めば、何千キロも陸地はない。ただひたすらに、広大無辺の太平洋が広がっているだけだ。
「見てみなよ、お父さん!」
くろしおが崖の柵に身を乗り出し、両手を広げて叫んだ。
「ここが本州の端っこさ! ここから先は、前を遮る壁なんて何一つないんだよ! 悩んでたことなんて、全部この波に放り込んじまいな!」
幸造は風に向かって一歩踏み出し、両手を広げた。
強烈な太平洋の潮風が、老職人の白髪を激しく乱し、着古した上着をバタバタと鳴らす。
幸造は胸いっぱいに潮風を吸い込み、そして、腹の底から太い声で叫んだ。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
四十年間、工場の騒音と鉄粉に閉じ込めていた叫びだった。
波の轟音が、その叫びを優しく包み込み、大海原の彼方へと飲み込んでいく。
叫び終えた幸造は、肩で息をしながら、ハハハと豪快に笑った。
「……すっきりした。腹の底の錆が、ぜんぶ吹き飛んだわ」
***
続いて訪れたのは、串本の海岸にそびえる奇勝――**『橋杭岩』**だった。
海の中に、巨大な四角い奇岩が、まるで橋の杭のように一直線に八百五十メートルも並び立っている。
弘法大師が一晩で海を渡る橋を架けようとして、天邪鬼の邪魔で未完に終わったという伝説の巨岩群。
「自然が作った造形か……」
幸造は岩肌に目を凝らした。
波と風に何万年も削られながら、堂々と立ち並ぶ岩柱。
「職人がどれだけ精密な機械を使っても、この迫力と美しさは削り出せんな」
「うん。でも、親父が作ってきた金型も、この岩と同じくらい頑丈で、何十年も誰かの役に立ってきたんだよ」
健太が言うと、幸造は嬉しそうに目を細め、静かに頷いた。
二人は再び列車に乗り込み、最終目的地である勝浦の港へと向かった。
車輪が刻むリズムが、先ほどよりもずっと力強く、前向きに響いていた。




