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第042話:白良浜の純白、裸足の老人

白浜駅の改札を出ると、南国特有の湿り気を帯びた熱い潮風が、一気に二人を包み込んだ。

 駅前にはヤシの並木が揺れ、遠くの青空には白い入道雲が湧き上がっている。


「ほらほら、モタモタしないの! あたしが最高の場所に連れてってあげるから!」

 くろしおに背中を押され、タクシーに揺られて向かったのは、名勝・白良浜(しららはま)だった。


 防風林の松並木を抜けた瞬間、健太は思わず目を見張った。


「うわ……真っ白だ……!」


 弓なりに続く六百メートルの浜辺。

 そこに敷き詰められていたのは、まるで上質な粉砂糖のようにきめ細やかで、眩いばかりの純白の砂だった。

 砂浜の先には、南国の珊瑚礁を思わせる、澄み切ったエメラルドグリーンの遠浅の海が広がっている。

 波打ち際で砕ける白波が、太陽の光を浴びてキラキラとダイヤモンドのように輝いていた。


「さあ、お父さん! 靴下脱いで、靴脱ぎな!」

「な、何を言うとるんや! ええ歳こいて砂浜なんか……」

「いいから脱ぐの! 四十年も安全靴に閉じ込めてた足の指を、たまにはお日様に当ててやりなよ!」


 くろしおは有無を言わせず、幸造を砂浜の縁石に座らせると、手際よく靴と靴下を引っ剥がした。

 露わになった父の足は、白く、指の関節が固く曲がり、足裏には分厚いタコができていた。

 毎日、何トンもの鉄の金型を運搬し、硬いコンクリートの床の上で十時間以上立ち続けてきた足だった。


「ほら、立って!」


 手を引かれ、幸造がおずおずと白い砂の上に裸足を下ろした。


「……あ」

 幸造の足指が、キュッとすぼまった。

「……なんや、これ。サラッサラやな……」


 珪酸(けいさん)を九割以上含む白良浜の砂は、足を踏み入れると、ひんやりと冷たく、まるで絹の粉末のように滑らかに指の隙間からこぼれ落ちていった。

 くろしおが「ほら、波打ち際まで行くよ!」と手を引く。

 幸造はよろめきながらも、砂の感触を一歩一歩確かめるようにして波打ち際へと歩いていった。


 ザザァァァ……と、透明なエメラルドグリーンの波が足首を洗った。


「冷たっ……! おい、ズボンが濡れるやないか!」

「あははっ! 濡れたら乾かせばいいんだよ! 気持ちいいだろ、お父さん!」

「……まったく、人使いの荒い娘や……」


 幸造は苦笑いを浮かべた。

 けれど、その口元は、信じられないほど穏やかに綻んでいた。

 波に足を浸し、遠い水平線を見つめる父の横顔は、まるで四十年前の少年のようだった。


「……親父、笑ってる」

 少し離れた場所からその姿を見つめていた健太の胸に、亡き母の言葉が甦ってきた。


『健太、お父ちゃんはな、若い頃は海が大好きやったんよ。でも、工場を始めてからは、お前の学費と機械のローンを払うために、日曜日も休まんと油まみれで働いてたんや……』


 父は、海を嫌いになったわけではなかったのだ。

 自分を育てるために、家族を守るために、四十年間、海を見に行く時間すら捨てて、暗い工場に籠もり続けてくれていたのだ。


「……ごめんな、親父」

 健太は波の音に紛れるように、小さく呟いた。

 海風が、健太の目元を優しく撫でて通り抜けていった。

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