第037話:砂の丘、風が描く刹那の文様
翌朝、午前六時。
まだ観光客の姿が一人もない鳥取砂丘の入口に、二人は立っていた。
海からの強い風が吹き抜け、砂の微粒子がサラサラと音を立てて足元を流れていく。
「靴をお脱ぎなさいませ」
あめつちが自ら足袋を脱ぎ、白い裸足を砂の上に下ろした。
栞もスニーカーと靴下を脱ぎ、恐る恐る砂の上に一歩を踏み出した。
「つめ……た……!」
冷涼な感触が、足の裏から全身を駆け抜けた。
夜の冷気を吸い込んだ砂は、まるでひんやりとしたシルクの粉末のように滑らかで、指先を沈めると、サラサラと音もなく指の隙間からこぼれ落ちていく。
中国山地から千代川によって削り出され、日本海の荒波によって幾万年もの時間をかけて打ち上げられた、花崗岩の微粒子。気の遠くなるような時間をかけて磨かれた、大地の骨のような砂だ。
二人はすり鉢状の巨大な砂の斜面――「馬の背」と呼ばれる高さ四十メートルを超える急坂を登り始めた。
一歩踏み込むたびに、足が砂に沈み、筋肉がきしむ。
けれど、息を切らしながら登るごとに、視界がぐんぐんと開けていく。
そして――頂上に立ち止まった瞬間。
「うわあぁぁぁ……っ!」
栞は思わず、強風に煽られながら声を上げた。
目の前に広がっていたのは、見渡す限りの日本海だった。
荒々しい白波が岸壁に砕け散り、水平線は地球の丸みに沿ってどこまでも弧を描いている。
振り返れば、幾重にも波打つ広大な砂丘の稜線。
砂と、海と、空。世界には、その三つの色しか存在していなかった。
その時、突風がサァーッと砂丘の斜面を撫で上げた。
すると、栞の足元で、信じられない奇跡が起きた。
強風に運ばれた砂粒たちが一斉に踊り出し、まるで生き物のように砂肌を滑り始めたのだ。
風が通り過ぎたあと、そこには――。
幾重にも重なる、息を呑むほど端正でリズミカルなさざ波の模様が刻まれていた。
――風紋。
「綺麗……!」
栞は砂の上に膝をつき、その模様を見つめた。
誰の手も入っていない。定規も、コンパスも使われていない。
ただ、目に見えない「風」が、大地というキャンバスの上を駆け抜けた証拠として、そこに美しい幾何学の線が残されている。
「風はね、形を持ちません」
あめつちが長い袖を風になびかせながら、静かに栞の隣に立った。
「けれど、砂に出会うことで、自らの姿をこの世に現すことができるのです。……あなたの手仕事も、これと同じでございますよ、栞さん」
「私の……手仕事……」
「あなたの心の中にある、誰かを温めたいという目に見えない祈り……。それが、布や和紙という素材に出会うことで、形を持つ。……さあ、広げなさいませ。あなたが漉き上げた、あの白き紙を」
栞は震える手で、バッグの奥からあの因州和紙を取り出した。
風紋の上に、命の白が広げられようとしていた。




