第031話:白壁土蔵の町、打吹だんごの優しさ
列車は宍道湖の北岸を抜け、伯耆大山の堂々たる霊峰を右手に仰ぎ見ながら、鳥取県の中央に位置する古都・倉吉へと滑り込んだ。
「少し足を伸ばして、玉川の水音を聞きにまいりましょう」
あめつちに促され、栞は駅から古いボンネットバスに揺られて、白壁土蔵群へと向かった。
バスを降りると、そこには江戸から明治にかけての商家の佇まいが、奇跡のようにそのまま残されていた。
赤茶色の「因州瓦」を載せた白壁の土蔵が、サラサラと流れる玉川沿いにどこまでも連なっている。建物の腰壁には、雨風を防ぐために黒く焼かれた杉板が張られ、川には架けられた石橋の下を、紅や黄金色の立派な錦鯉たちが、尾びれを優雅に揺らしながら泳いでいた。
都会の騒音も、車のクラクションもない。
聞こえるのは、川のせせらぎと、軒先に吊るされた短冊が風にそよぐ音だけ。
「ここ倉吉はね、かつて打吹城の城下町として、そして良質な鉄と木材が集まる商人の町として栄えました。職人たちが自分の仕事に誇りを持ち、嘘のない暮らしを営んできた場所でございます」
あめつちが案内してくれたのは、土蔵群の一角にひっそりと暖簾を掲げる、明治十三年創業の和菓子屋だった。
「旅のお疲れに、この町の一番優しい甘みをどうぞ」
運ばれてきたのは、青竹の小皿に載せられた、二本の愛らしい串団子だった。
「……あ、可愛い」
栞は思わず声を漏らした。
細い竹串に、小指の先ほどの小さな丸い団子が、三つ並んで刺さっている。
一番上は、しっとりとした淡い萌黄色の抹茶餡。
真ん中は、透き通るような白さの手芒豆の白餡。
そして一番下は、艶やかな赤紫色の小豆の小豆餡。
倉吉名物――**『打吹公園だんご』**だ。
「防腐剤も、余計な添加物も一切使わず、創業以来百四十年間、全く同じ製法で作られておりますのよ。どうぞ、手にとって召し上がれ」
栞は指先で竹串を持ち、一番上の抹茶団子を口に含んだ。
「……っ」
歯を立てた瞬間、栞は目を見張った。
まず、表面の餡が、まるで淡雪のようにサラリと舌の上でほどけて消えた。
続いて現れたのは、鳥取県産の餅米を手間暇かけて搗き上げた、驚くほど滑らかでコシのあるお餅の弾力。
甘さが、極めて上品で控えめだった。砂糖の甘さが舌に残らない。豆そのものが持つ素朴な大地の甘みと、宇治抹茶の清々しいほろ苦さが、喉を滑り落ちた後も、ふわりと微かな余韻となって鼻腔に残る。
続いて、白餡、そして小豆餡を頬張る。
噛み締めるたびに、職人が早朝から大釜で豆を煮て、何度も晒し、丁寧に灰汁を抜いた誠実な手の温もりが、胃の腑へとじんわりと伝わってきた。
「……美味しい。すごく、清らかな味がします」
栞が呟くと、あめつちはお茶を啜りながら、静かに目を細めた。
「素朴であるということはね、栞さん。決して貧しいということではないのです」
「え……?」
「世の人々は、目を引くために派手な色を塗りたくったり、香料で飾り立てたりいたします。けれど、本当に尊い美しさとは……余計な飾りを一枚、また一枚と削ぎ落としたあとに、どうしても残ってしまう『芯』のこと。あなたの祖父君が漉いた紙も、このお団子と同じでございますよ」
あめつちの言葉が、栞の迷っていた心に、一筋の清らかな水のように染み通っていった。
自分は大学で、同級生たちに対抗しようと、奇抜な色を使おうとしたり、難解なテーマをこじつけようとしたりしていた。
けれど、そんな張り子の虎のような飾りは要らないのだ。
大切なのは、素材を愛し、使う人の顔を思い浮かべながら、嘘のない誠実な手仕事を積み重ねること。
「……ありがとう、あめつちさん。少し、目の前の霧が晴れた気がします」
「ふふ。それは何よりでございます。さあ、いよいよ次は、あなたの祖父君の魂が眠る、青谷の谷あいへ向かいましょう」
二人は清らかな風の吹く白壁の通りを後にし、再び山陰本線の鉄路へと戻っていった。




