第205話:門司港レトロの残光、大正の駅舎に響く汽笛
海底トンネルを抜け、列車が滑り込んだのは、九州のすべての鉄道の起点――福岡県門司港駅の頭端式(行き止まり)ホームだった。
大正三年(1914年)に建てられた、左右対称の美しいネオルネサンス様式の木造二階建て駅舎。
改札口を出ると、大正時代の面影を色濃く残す高い天井と、真鍮のシャンデリア、手打ちの切符切り台が涼太を迎えてくれた。
ホームの端には、九州の鉄道の発祥を示す石碑『0哩標』と、かつて旅立つ人々を見送った真鍮の『旅立ちの鐘』が、潮風を浴びて静かに佇んでいる。
「……懐かしいな」
涼太は鐘を見上げ、目を細めた。
第一周遊の第十章――あの時も、全国を巡った鉄娘たちと旅人たちが、この門司港の地に集結し、最初の奇跡のフィナーレを迎えたのだった。
「おい、涼太。九州へ足を踏み入れたんなら、まずは門司港の熱い洗礼を受けな!」
ぎんがまに連れられてやってきたのは、駅前のレトロ地区に建つ煉瓦造りの洋食処『プロペラ館』。
運ばれてきた熱々の耐熱皿から、パチパチと音を立てて立ち上るスパイスと焦がしチーズの暴力的な香りに、涼太の胃袋が激しく鳴った。
「門司港発祥――特選『ふぐ白子入り焼きカレー』だ!」
グラタン皿の表面を覆い尽くす、こんがりと黄金色に焼き色のついたゴーダチーズとモッツァレラチーズ。
その下には、三十種類以上のスパイスを煮込んだ濃厚なビーフカレーと、関門名物のとらふぐの切り身、そして――中央にポッカリと浮かぶ、巨大な『とらふぐの焼き白子』と半熟卵。
スプーンを深く差し込むと、チーズがトロリと糸を引き、熱々の湯気が吹き上がった。
まずは、スプーンでふぐの白子を割る。
――プシュッ、トローリ……!
薄い皮膜の中から、まるで温かい生クリームのような真っ白な白子が、濃厚なカレーと溶け合っていく。
ご飯とともに、口の中へと放り込んだ。
――ハフッ、ジュワワワワァァァッッ!!
「……っっっ!?」
涼太は目を瞠った。
「……あ、熱い……! そして、信じられないくらい濃厚だ……!」
スパイシーで奥深い辛みを持つカレーと、チーズの塩気。
そこに、とらふぐの白子のミルキーで極限までクリーミーなコクが絡み合い、カレーの辛みをまろやかに包み込んでいく。
半熟卵の黄身を崩すと、さらにまろやかさが増し、ふぐの白身のプリッとした食感が絶妙なアクセントになる。
「美味い……! こんな贅沢な焼きカレー、門司港じゃなきゃ絶対に食べられない!」
「がはは! 美味いに決まってんだろ!」
ぎんがまが豪快に笑った。
「関門海峡の激流を泳いだふぐの命と、大陸貿易で栄えた門司港のハイカラな西洋文化が、この一皿の鉄鍋の中で溶け合ってんだよ!」
ぎんがまは駅舎の尖塔を見上げた。
「涼太。すべての旅はな、この門司港のゼロマイル標から始まり、そしてここへ還ってくるんだ。……だがな、今夜のお前の旅は、ここじゃ終わらねえぞ。……九州の心臓・博多へ向かいな。あそこで、今夜、日本中のレールの頂点に立つ『あの御方』が、お前の持ってきた手紙を待っている!」
「あの御方……『ななつ星』ですね!」
「おうよ! 行きな、涼太! 関門を越えたお前の足取りは、もう誰にも止められねえ!」
焼きカレーの熱を胸に宿し、涼太は鹿児島本線の特急列車へと飛び乗った。
九州の夜が、いよいよ真の幕を開けようとしていた。




