第203話:太陽と星の切符、関門の海峡を越える黒き風
午前六時。
朝の澄み切った光が新山口駅の広大な構内を照らし出し、一番線ホームには、整備を完璧に終えた蒸気機関車C57 1号機が、誇らしげに白い蒸気を吹き上げていた。
主連棒の軸受メタルは、朝日に照らされて黄金色の輝きを放ち、機関士たちが笑顔でキャブ(運転台)へと乗り込んでいく。
ホームのベンチの前で、恭平と冴子は向き合って立っていた。
恭平はツールバッグを肩にかけ、冴子はドクターズバッグを手に提げている。
その時だった。
二人の胸ポケットが、同時に眩い閃光を放った。
「……あっ!」
「切符が……!」
恭平が取り出した緋色の切符と、冴子が取り出した瑠璃色の切符。
二枚の『風の切符』が、まるで磁石のように互いに引き寄せられ、空中で重なり合った。
ジジジ……と音を立てて、光の粒子が切符の表面に刻印を焼き付けていく。
描かれたのは、巨大な新山口の転車台。
その円形の上で、朝の太陽を浴びて疾走する蒸気機関車と、満天の星空を貫く夜行特急『銀河』のシルエット。
そして、その中央に輝く、あの曾祖父の『半欠け星のマーク』。
下部に刻まれた文字――。
――[山陽本線・新山口/下車前途無効・夜と昼の交差点 完了]
カチリと澄んだ音が鳴り響き、切符は二人の掌へと優しく分かれて戻った。
それは、太陽の熱さと、星の涼やかさを併せ持った、奇跡の温もりを宿していた。
「スタンプが、灯ったわね」
やまぐちが真紅のストールを風になびかせ、満足そうに腕を組んだ。
「あんたたちの心のレールは、もう絶対に脱線しないわ。……昼の情熱も、夜の安らぎも、全部あんたたちの血肉になったんだから!」
「ええ」
ぎんがも微笑み、優雅に一礼した。
「恭平さん、冴子さん。……迷った時は、いつでも空を見上げてください。太陽があなたを照らし、星があなたを導いてくれますから」
恭平は冴子に手を差し出した。
「篠原さん。……俺、下関へ帰って、旋盤を回し続けます。どんなに小さな部品でも、誰かの命を守る盾になるんだって信じて」
「ええ、工藤さん」
冴子もその手を力強く握り返した。
「私も、病棟へ戻ります。……どれほど過酷な夜でも、朝を信じて、命の灯火を守り続けます」
二人は笑顔で頷き合い、それぞれの列車へと向かって歩み出した。
恭平は山陽本線の下関行き普通列車へ。
冴子は東京へと戻る新幹線のホームへ。
その足取りは、大地を揺るがす機関車のように力強く、迷いなど微塵もなかった。
* * *
新山口駅の一番線ホームに残ったやまぐちとぎんがは、並んで西の空を見つめていた。
山陽本線を西へ。
宇部、厚狭、下関――そして、本州と九州を隔てる関門海峡の海底トンネルへと続く鉄路の向こう側。
その時だった。
――ゴォォォォォォォォッッ……!!
海峡の向こう、九州の門司・小倉の方角から、大地を揺るがすような凄まじいモーターの重低音が、風に乗って響いてきた。
それは、関門トンネルの直流と交流の境界線を守り続けてきた、ステンレスコルゲートボディの銀色の守護神――『EF81形300番台(銀釜)』の轟音!
そして――それに続くように。
息を呑むほど神々しい、漆黒のピアノブラックに純金のエンブレムをまとった、日本最高峰のクルーズトレイン――『ななつ星 in 九州(DF200形・77系客車)』の、荘厳なる気配が、海峡を越えて立ち込めてきた。
「……来たわね」
やまぐちの緋色の瞳が、かつてないほどギラリと輝いた。
「第二周遊のすべての線路が、あの関門海峡を越えて、九州の大地へと繋がっていくわ!」
「ええ」
ぎんがも瑠璃色のショールを翻し、西の空へ向けて誇らしげに微笑んだ。
「第一周遊の百四話、そして第二周遊の九章……。すべての旅人たちの涙と祈り、職人たちの魂が、あそこで一つに結ばれる時が来ましたわ」
やまぐちがボイラーの蒸気を高々と吹き上げ、叫んだ。
「さあ、行きなさい! 風の切符を持つすべての者たちよ! ……第二周遊の真の頂点――関門海峡の向こう、奇跡のグランドフィナーレへ!!」
初夏の太陽が昇りきり、新山口のレールが眩い光の線となって九州へと伸びていく。
太陽と星が交差した奇跡の朝は、すべての物語の終着点たる『第二周遊グランドフィナーレ』へと、最高の喝采とともにバトンを手渡したのだった。
(第十九章 やまぐちとぎんが、夜と昼の交差点 ――完)
(第二十章『グランドフィナーレ 〜関門海峡を越えて、七つの星が照らす旅路〜』へつづく)




