第200話:旅人たちの便り、全国から届いた八つの光
深夜二時。
主連棒の軸受メタルの荒削りを終え、摩擦熱で膨張した金属を冷水で冷ますための小休止。
扇形庫の片隅にある詰所の丸テーブルで、恭平と冴子は、ぎんがが淹れてくれた温かいほうじ茶をすすりながら、息をついていた。
「すごい集中力ですね、工藤さん」
冴子が感嘆の声を漏らすと、恭平は油で黒くなった手を広げて苦笑いした。
「曾祖父ちゃんが見ていると思ったら、手が震えてる暇なんてなかったよ。……だが、仕上げのミクロン削りまでは、金属が完全に常温に戻るのを待たなきゃならねえ」
その時、テーブルの上に広げられていた新聞やデザイン雑誌、そして冴子のタブレット端末に、ぎんががそっと指を滑らせた。
「お二人とも。……この第二周遊の旅で、あなたたちと同じように『風の切符』を手にした旅人たちのニュースが、いま、全国から届いているのですよ」
「え……? 他の旅人たちのニュース……?」
冴子が画面を覗き込んだ。
そこに映し出されていた光景を見て、恭平と冴子は同時に目を見張った。
「……あっ! これは……!」
恭平が指差したのは、最新のデザイン建築雑誌『AXIS』の表紙だった。
そこには、第十三章でラ・マル・ド・ボァに乗ったWebデザイナー――瀬川蓮司の誇らしげな笑顔が掲載されていた。
『――伝統と現代の融合。岡山デニムと因州和紙、そして下関の精密旋盤チタン金具を融合させた新世代トラベルバッグ、本年度グッドデザイン大賞を受賞!』
「瀬川さんだ……!」
恭平が声を震わせた。
「俺が第十一章で削り出した、あのチタンの削り出しバックルが……瀬川さんのバッグに組み込まれて、世界中で大絶賛されている……!」
さらに、恭平自身の腰に下がっているオリーブドラブのツールバッグ。
第十四章で、東京のアパレルから逃げ帰り、父親の一号帆布を背骨にして再生を果たした青年――水木蒼太が縫い上げた、あの倉敷帆布バッグだった。
「蒼太の作ったバッグが、今夜、俺の命綱になって、こうして工具を守ってくれている……」
冴子もタブレットの画面をスクロールさせ、息を呑んだ。
医療関係者向けのネットワークニュースの画面。
『――全国の小児救急・周産期医療センターへ、人気絵本作家・有村志保氏の新作絵本「うみのスープのおうち」が一万冊寄贈される。苦しい治療に耐える子どもたちと親に、生きる希望の光を灯す』
「……有村志保さん……!」
冴子の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「私の勤めている周南の小児病棟でも、火傷で泣いていた小さな女の子が、この絵本をぎゅっと抱きしめて、『お母さんのスープが飲みたい』って笑ってくれたのよ……! あの絵本が、子どもたちの心を救っていたのね……!」
ぎんがが微笑みながら、画面をさらに進めた。
国際協力機構(JICA)と国連NGOの活動報告レポート。
そこには、東南アジア・カンボジアの炎天下の農村で、子どもたちと泥だらけになって笑い転げている、一人の日本人女子大生の姿があった。
成瀬結衣――第十六章で関空の搭乗ゲートから逃げ出し、はるかの疾走によって向かい風を受け止めた、あの少女だった。
結衣の胸元には、第十五章から受け継がれた、あの『紀州備長炭の勾玉』が、黒く誇らしげに輝いていた。
そして――本日の全国紙の朝刊一面。
そこには、息を呑むほど壮大で、見る者の魂を揺さぶる一枚の報道写真が掲載されていた。
朝焼けの雨晴海岸。
立山連峰の薔薇色のモルゲンロートを背景に、白波の渚で肩車をして笑い合う、名もなき若い家族の姿。
キャプションには、こう記されていた。
『――光への祈り。元報道写真家・滝沢宗助、四十年間の激動の取材を経て、最後の一枚に選んだ奇跡の光』
さらに、新山口駅の書店コーナーの平積み台には、直木賞作家・中原蓮の最新小説『海の底の鈴』が積まれ、その美しい装丁画を、第十八章で立ち直った白川小春が、赤間硯の墨で描き上げていたのだ。
「……ああ……っ」
恭平と冴子は、言葉を失って立ち尽くした。
下関の旋盤職人の金具が、岡山のデザイナーを動かした。
倉敷の若者の帆布が、下関の旋盤職人の腰を支えた。
丹後の絵本が、周南の小児病棟の子どもたちを救った。
関空で飛んだ少女の胸に、紀州の炭が灯った。
富山の海で老カメラマンが光を取り戻し、長門の海で少女が描いた絵が、山口の作家の言葉と結ばれた。
「全部……全部、繋がっていたんだ……!」
恭平の目から、熱い涙が溢れ出した。
「俺たちが一人で戦っていたんじゃない……! 全国の線路を走る鉄娘たちと、旅人たちの祈りが……見えない糸で結ばれて、バトンを繋いで、今夜、この新山口の機関庫へと届いていたんだ……!」
「ええ……!」
冴子も涙を拭い、強く頷いた。
「私たちは、誰一人として孤独じゃなかった。……みんなが、誰かの明日を走らせるために、命を燃やしていたのね……!」
やまぐちが満足そうに腕を組み、ニッと笑った。
「さあ、金属も冷え切ったわよ! 全国の仲間たちの光を背負って、最後の仕上げ削りを決めなさい、恭平!」
「おうよ!」
恭平は涙を袖で力強く拭い、再び旋盤のスイッチを入れた。
全国から届いた八つの光が、恭平のバイトの刃先に、神の如き集中力を宿していた。




