第198話:周南工場夜景の銀河、鉄とパイプが織りなす不夜城
食事を終えた四人は、機関庫での作業の前に、ぎんがの案内で山陽本線の徳山方面を見渡す高台の跨線橋へと足を運んでいた。
深夜十一時。
街の民家の灯りがひとつ、またひとつと消え、深い静寂が大地を包み込む中――南の海沿いの一角だけが、まるで巨大な異次元の宇宙都市のように、眩い光の海を現出させていた。
――周南コンビナート。
川崎、四日市、北九州と並び、日本四大工場夜景の一つと称される、日本屈指の石油化学コンビナート。
瀬戸内海の穏やかな海沿いに、数十キロメートルにわたって林立する巨大な蒸留塔、球形のガスタンク、無数の高炉、そして血管のように複雑に入り乱れた銀色の配管パイプライン。
「……綺麗……」
冴子が手すりに両手をかけ、吐息を漏らした。
三日間、そのプラントの足元で災害医療の泥沼を戦っていた時には、上を見上げる余裕など微塵もなかった。
だが今、こうして夜風に吹かれながら遠望すると、そこには息を呑むほどの壮麗な光のシンフォニーが広がっていた。
プラントの骨組みを照らし出す、純白のLEDライト。
蒸留塔のキャットウォークを縁取る、温かみのあるナトリウムランプのオレンジ色の灯火。
そして、暗黒の瀬戸内海の水面には、そのすべての光が鏡のように反射し、無数の光の柱となって揺らめいている。
――ボォォォォォッ……!
時折、高い煙突の先端から、余剰ガスを無害化して燃焼させる巨大な炎――『フレアスタック』が夜空へと立ち昇り、暗闇を一瞬にして真紅に染め上げる。
まるで、巨大な生きた竜が、漆黒の海辺で静かに息を吐いているかのような神々しさ。
「すごいな……」
恭平も目を奪われていた。
「鉄とパイプの塊なのに……まるで、地上に落ちてきた銀河そのものじゃないか」
「ええ。その通りですわ、恭平さん」
ぎんがが瑠璃色のショールを夜風に靡かせ、静かに隣に立った。
「昼間、人間が活動している間、あのプラントは無骨な灰色の姿で、黙々とプラスチックや合成繊維、医薬品の原料を生み出し続けています。……そして、人々が眠りについた夜、あの不夜城は休むことなく光を灯し、明日の朝、人々が使うガソリンや電力を送り届けるために、脈打ち続けているのです」
ぎんがは恭平と冴子の顔を見つめた。
「恭平さん。あなたが昼間、工場で削っている真鍮やチタンの部品。……冴子さん。あなたが夜の病棟で繋ぎ止めている、名もなき人々の命。……どちらも、あのコンビナートの光と同じではありませんか?」
「俺たちの仕事が……?」
「そうです。誰かに拍手されることもなく、大勢から称賛されることもない。……でも、あなたたちのような人々が、見えないところで歯を食いしばり、己の技術と良心を燃やし続けているからこそ、この地上の暮らしは、明日へと列車を走らせることができるのです」
「……走らせる……」
冴子が胸に手を当てた。
「救急救命センターのICUも同じだわ。……モニターのアラームが鳴り響き、点滴のポンプが規則正しい音を刻み、人工呼吸器が静かに空気を送り続ける。……あの部屋も、夜を徹して命を送り出す、小さな不夜城だったのね」
「そうよ!」
やまぐちが恭平の背中をバチンと叩いた。
「見えないところで命を燃やすからこそ、光は美しいんじゃない! ……さあ、日付が変わるわよ! 新山口機関区の旋盤が、あんたの火花を待っているわ!」
周南の銀河の光を背に受けて、四人は扇形機関庫へと駆け戻っていった。
夜の静寂が深まる中、男たちの、そして鉄娘たちの、奇跡の旋盤作業が始まろうとしていた。




