↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
193/214

第193話:新山口駅の夕暮れ、太陽と星の二重奏

山陽新幹線と山陽本線、山口線、宇部線が十字に交差する山口県の交通の心臓部――新山口(しんやまぐち)駅。

 かつて「小郡(おごおり)」と呼ばれ、陰陽連絡の蒸気機関車たちが黒煙を上げて集ったこの大ターミナルに、初夏の夕暮れが訪れていた。

 西の空は、燃え立つような茜色から、深い紫紺色へと刻一刻とグラデーションを変え、改札口を行き交う通勤客や旅行者たちの長い影が、コンコースの白いタイルを這い延びていく。

 

 その在来線コンコースの中央、待合ベンチに、二つの異なる人生の荷物を抱えた旅人が、背中合わせのように座っていた。

 

 一人は、作業着の上に無骨な黒い革ジャンを羽織った青年――工藤恭平(くどう きょうへい / 28歳)。

 山口県下関市の小さな町工場『工藤鉄工所』の若き旋盤職人(※第十一章の主人公)。

 その足元には、傷だらけの鋼鉄製ツールボックスと、腰には第十四章で倉敷の水木蒼太が縫い上げた、あの極厚の「倉敷一号帆布製ツールポーチ」がガッシリと提げられていた。

 

 そしてもう一人は、トレンチコートの襟を立て、疲れを滲ませた横顔で目を閉じている女性――篠原冴子(しのはら さえこ / 32歳)。

 大都市の三次救命救急センターで日々命と向き合う救急救命医(※第十二章の主人公)。

 その膝の上には、周南・徳山の臨海コンビナート隣接病院での過酷な三日間の災害医療応援を終えたばかりの、重いドクターズバッグが置かれていた。

 

「……はあ。なんとか間に合ったが、とんでもねえ緊急要請だったな」

 恭平が溜息を漏らし、額の汗を拭った。

 下関の工場で旋盤を回していた恭平の元に、新山口の機関区から緊急の電話が入ったのは今朝のことだった。

 『明日のSLやまぐち号の定期運行を前に、機関車C57 1号機の主連棒(メインロッド)の軸受メタルに、コンマ数ミリの異常なガタつきが見つかった。今夜中に真鍮から精密削り出しですり合わせができる職人は、山口県内でお前しかいない!』

 

 一方、冴子は乾いた唇を湿らせ、バッグの奥に忍ばせた一つの真鍮ランタンにそっと触れていた。

 第十二章の『銀河』の旅で手に入れた、あの夜の安らぎのランタン。

 (※そこには、恭平の曾祖父が刻んだ「半欠け星のマーク」が刻まれている!)

「……また、一人も眠れなかった。……でも、今夜の『銀河』に乗れば、少しは眠れるかしら……」

 

 その時だった。

 

 カチリ――。

 

 恭平の革ジャンの胸ポケットと、冴子のトレンチコートのポケット。

 二人の手元で、あの不思議な硬券切符――『風の切符』が、まるで呼応し合うかのように、同時に激しい熱を放ち始めたのだ。

 

「……えっ!?」

「な、なんだ……!?」

 

 恭平が取り出した切符は、真昼の太陽と石炭の炎を宿した、燃え盛るような『緋色(スカーレット)』の光を放っていた。

 そして、冴子が取り出した切符は、満天の星空と深海を溶かし合わせたような、静謐で吸い込まれそうな『瑠璃色(ラピスラズリ)』の光を放っていた。

 

 二筋の光が、新山口駅の夕暮れの空気の中で交錯し、二重螺旋の火花を散らした。

 

 ――ボオオオオオオオッッ!!

 

 突如、山口線の側線から、地鳴りのような重厚な蒸気機関車の汽笛が轟いた。

 

 ――ファァァァァァァン……。

 

 そして同時に、山陽本線の本線側から、星空を撫でるような優美で洗練された夜行特急のタイフォンが、静かに鳴り響いた。

 

「……嘘だろ……あの汽笛は……!」

「あの音は……『銀河』……!?」

 

 二人が吸い寄せられるように一番線ホームへと駆け下りると、そこには、信じられない奇跡の光景が広がっていた。

 

 向かい合わせの二本のレール。

 片側の線路には、黒煙と白い蒸気を高々と噴き上げる漆黒の巨躯――『SLやまぐち号(C57 1)』。

 そして、そのデッキの上に、真紅のストールを風にたなびかせ、緋色の瞳をギラギラと燃え立たせた鉄娘――**やまぐち**が仁王立ちしていた。

 

 そして、もう片側の線路には、夕闇の中で宝石のように妖艶な光を放つ、瑠璃色の夜行特急――『WEST EXPRESS 銀河(117系)』。

 その乗降口のステップの上に、星屑を散りばめたシースルーのショールを羽織り、群青の瞳を細めて微笑む鉄娘――**ぎんが**が優雅に佇んでいた。

 

「来たわね、下関の旋盤小僧!」

 やまぐちが快活に笑い、胸元の真鍮ブローチを指で弾いた。

「真昼の太陽の下で鉄を打つ男と――」

 

「ふふっ。お帰りなさい、冴子さん」

 ぎんががナイトガウンの裾を揺らし、優しく会釈した。

「漆黒の夜の静寂の中で、命を救い続ける女医さん……」

 

 二人の鉄娘の視線が、ホームの中央で交錯した。

 

「「昼と夜の交差点――新山口の転車台へ、ようこそ!」」

 

 太陽の炎と、星の光。

 対極の魂を宿す二人の鉄娘と、二人の旅人が、今、運命の歯車を噛み合わせるようにして、出会いを果たしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。