第193話:新山口駅の夕暮れ、太陽と星の二重奏
山陽新幹線と山陽本線、山口線、宇部線が十字に交差する山口県の交通の心臓部――新山口駅。
かつて「小郡」と呼ばれ、陰陽連絡の蒸気機関車たちが黒煙を上げて集ったこの大ターミナルに、初夏の夕暮れが訪れていた。
西の空は、燃え立つような茜色から、深い紫紺色へと刻一刻とグラデーションを変え、改札口を行き交う通勤客や旅行者たちの長い影が、コンコースの白いタイルを這い延びていく。
その在来線コンコースの中央、待合ベンチに、二つの異なる人生の荷物を抱えた旅人が、背中合わせのように座っていた。
一人は、作業着の上に無骨な黒い革ジャンを羽織った青年――工藤恭平(くどう きょうへい / 28歳)。
山口県下関市の小さな町工場『工藤鉄工所』の若き旋盤職人(※第十一章の主人公)。
その足元には、傷だらけの鋼鉄製ツールボックスと、腰には第十四章で倉敷の水木蒼太が縫い上げた、あの極厚の「倉敷一号帆布製ツールポーチ」がガッシリと提げられていた。
そしてもう一人は、トレンチコートの襟を立て、疲れを滲ませた横顔で目を閉じている女性――篠原冴子(しのはら さえこ / 32歳)。
大都市の三次救命救急センターで日々命と向き合う救急救命医(※第十二章の主人公)。
その膝の上には、周南・徳山の臨海コンビナート隣接病院での過酷な三日間の災害医療応援を終えたばかりの、重いドクターズバッグが置かれていた。
「……はあ。なんとか間に合ったが、とんでもねえ緊急要請だったな」
恭平が溜息を漏らし、額の汗を拭った。
下関の工場で旋盤を回していた恭平の元に、新山口の機関区から緊急の電話が入ったのは今朝のことだった。
『明日のSLやまぐち号の定期運行を前に、機関車C57 1号機の主連棒の軸受メタルに、コンマ数ミリの異常なガタつきが見つかった。今夜中に真鍮から精密削り出しですり合わせができる職人は、山口県内でお前しかいない!』
一方、冴子は乾いた唇を湿らせ、バッグの奥に忍ばせた一つの真鍮ランタンにそっと触れていた。
第十二章の『銀河』の旅で手に入れた、あの夜の安らぎのランタン。
(※そこには、恭平の曾祖父が刻んだ「半欠け星のマーク」が刻まれている!)
「……また、一人も眠れなかった。……でも、今夜の『銀河』に乗れば、少しは眠れるかしら……」
その時だった。
カチリ――。
恭平の革ジャンの胸ポケットと、冴子のトレンチコートのポケット。
二人の手元で、あの不思議な硬券切符――『風の切符』が、まるで呼応し合うかのように、同時に激しい熱を放ち始めたのだ。
「……えっ!?」
「な、なんだ……!?」
恭平が取り出した切符は、真昼の太陽と石炭の炎を宿した、燃え盛るような『緋色』の光を放っていた。
そして、冴子が取り出した切符は、満天の星空と深海を溶かし合わせたような、静謐で吸い込まれそうな『瑠璃色』の光を放っていた。
二筋の光が、新山口駅の夕暮れの空気の中で交錯し、二重螺旋の火花を散らした。
――ボオオオオオオオッッ!!
突如、山口線の側線から、地鳴りのような重厚な蒸気機関車の汽笛が轟いた。
――ファァァァァァァン……。
そして同時に、山陽本線の本線側から、星空を撫でるような優美で洗練された夜行特急のタイフォンが、静かに鳴り響いた。
「……嘘だろ……あの汽笛は……!」
「あの音は……『銀河』……!?」
二人が吸い寄せられるように一番線ホームへと駆け下りると、そこには、信じられない奇跡の光景が広がっていた。
向かい合わせの二本のレール。
片側の線路には、黒煙と白い蒸気を高々と噴き上げる漆黒の巨躯――『SLやまぐち号(C57 1)』。
そして、そのデッキの上に、真紅のストールを風にたなびかせ、緋色の瞳をギラギラと燃え立たせた鉄娘――**やまぐち**が仁王立ちしていた。
そして、もう片側の線路には、夕闇の中で宝石のように妖艶な光を放つ、瑠璃色の夜行特急――『WEST EXPRESS 銀河(117系)』。
その乗降口のステップの上に、星屑を散りばめたシースルーのショールを羽織り、群青の瞳を細めて微笑む鉄娘――**ぎんが**が優雅に佇んでいた。
「来たわね、下関の旋盤小僧!」
やまぐちが快活に笑い、胸元の真鍮ブローチを指で弾いた。
「真昼の太陽の下で鉄を打つ男と――」
「ふふっ。お帰りなさい、冴子さん」
ぎんががナイトガウンの裾を揺らし、優しく会釈した。
「漆黒の夜の静寂の中で、命を救い続ける女医さん……」
二人の鉄娘の視線が、ホームの中央で交錯した。
「「昼と夜の交差点――新山口の転車台へ、ようこそ!」」
太陽の炎と、星の光。
対極の魂を宿す二人の鉄娘と、二人の旅人が、今、運命の歯車を噛み合わせるようにして、出会いを果たしたのだった。




