↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/214

第014話:神話の国の玄関口、宍道湖の風紋

米子(よなご)を過ぎ、安来(やすぎ)の刃物と民芸の町を抜けると、右手の車窓が一気に開けた。


「……あ」

 雅人は息を呑み、窓に両手を当てた。


 そこにあったのは、見渡す限りの広大で静謐な水面だった。

 海ではない。波頭が立たず、まるで巨大な青い鏡のように空を映し出す汽水湖――宍道湖(しんじこ)だ。

 水面には、朝の漁を終えようとしている小さな木造船が何艘も浮かんでいる。漁師が長い竹竿の先の鉄籠(ジョレン)を湖底に沈め、砂利とともにシジミを掬い上げる音が、微かに風に乗って聞こえてくるようだった。

 湖面を渡る風が細かなさざ波――風紋を描き、純白のシラサギが静かに水際を歩いている。


「二十五年、前と……まるで変わっていない」

 雅人の瞳が潤んだ。


『なぁ雅人、見ろよこの湖! 海みたいに広いのに、波がなくて信じられないくらい穏やかだろ?』

『ああ。東京のビル街とはまるで別の惑星だな』

『俺たちさ、四十歳になったら、絶対にまたここへ来ようぜ。その頃にはお互い結婚してたり、でかい仕事してたりするんだろうけどさ。この湖の夕陽を見ながら、美味い酒飲んで笑い合おうぜ』


 バックパックを背負い、日焼けした顔で笑っていた親友・修二の屈託のない笑顔。

 あの時交わした指切りが、二十五年の時を超えて、雅人の胸の奥でカチリと音を立てて噛み合った。


「松江に着きますわ」

 背後から、サンライズの静かな声が響いた。

 振り向くと、彼女はいつもの穏やかな微笑みをたたえて立っていた。


「さあ、雅人さん。約束の場所へ降り立つ時間です」

「……俺、会えるかな。修二に」

 雅人の手が小さく震えた。

「十年間も連絡を絶ち、病気になったことも知らず、自分の都合で逃げ出してきたような男を……あいつは許してくれるだろうか」


 サンライズは雅人の元へ歩み寄り、その震える手を両手でそっと包み込んだ。

 温かい。まるで日向の陽だまりのような温もりだった。


「許しを乞うために行くのではありませんわ、雅人さん」

「え……?」

「ただ、『会いたい』と願う心があるから、あなたはここまで運ばれてきたのです。その気持ちに、嘘はありませんでしょう?」

「……ああ。会いたい。あいつの顔が見たい」

「ならば、大丈夫ですわ。でも、どうしても足が竦むのなら……まずはこの城下町の美味しいものを召し上がって、お腹と心に力をつけていらっしゃい。美味なるものは、いつだって迷う人の味方ですから」


 列車がブレーキをかけ、松江駅のホームへと滑り込んだ。

 サンライズは雅人の胸ポケットの『風の切符』を指先でトンと叩いた。

「行ってらっしゃいませ、雅人さん。夕暮れ時、宍道湖の岸辺で、最高の茜空があなたを待っておりますわ」


 雅人は深く一礼し、デッキを降りた。

 改札を抜けると、水の都・松江の爽やかな初夏の風が、雅人のスーツの裾を力強く押し出していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。