第014話:神話の国の玄関口、宍道湖の風紋
米子を過ぎ、安来の刃物と民芸の町を抜けると、右手の車窓が一気に開けた。
「……あ」
雅人は息を呑み、窓に両手を当てた。
そこにあったのは、見渡す限りの広大で静謐な水面だった。
海ではない。波頭が立たず、まるで巨大な青い鏡のように空を映し出す汽水湖――宍道湖だ。
水面には、朝の漁を終えようとしている小さな木造船が何艘も浮かんでいる。漁師が長い竹竿の先の鉄籠を湖底に沈め、砂利とともにシジミを掬い上げる音が、微かに風に乗って聞こえてくるようだった。
湖面を渡る風が細かなさざ波――風紋を描き、純白のシラサギが静かに水際を歩いている。
「二十五年、前と……まるで変わっていない」
雅人の瞳が潤んだ。
『なぁ雅人、見ろよこの湖! 海みたいに広いのに、波がなくて信じられないくらい穏やかだろ?』
『ああ。東京のビル街とはまるで別の惑星だな』
『俺たちさ、四十歳になったら、絶対にまたここへ来ようぜ。その頃にはお互い結婚してたり、でかい仕事してたりするんだろうけどさ。この湖の夕陽を見ながら、美味い酒飲んで笑い合おうぜ』
バックパックを背負い、日焼けした顔で笑っていた親友・修二の屈託のない笑顔。
あの時交わした指切りが、二十五年の時を超えて、雅人の胸の奥でカチリと音を立てて噛み合った。
「松江に着きますわ」
背後から、サンライズの静かな声が響いた。
振り向くと、彼女はいつもの穏やかな微笑みをたたえて立っていた。
「さあ、雅人さん。約束の場所へ降り立つ時間です」
「……俺、会えるかな。修二に」
雅人の手が小さく震えた。
「十年間も連絡を絶ち、病気になったことも知らず、自分の都合で逃げ出してきたような男を……あいつは許してくれるだろうか」
サンライズは雅人の元へ歩み寄り、その震える手を両手でそっと包み込んだ。
温かい。まるで日向の陽だまりのような温もりだった。
「許しを乞うために行くのではありませんわ、雅人さん」
「え……?」
「ただ、『会いたい』と願う心があるから、あなたはここまで運ばれてきたのです。その気持ちに、嘘はありませんでしょう?」
「……ああ。会いたい。あいつの顔が見たい」
「ならば、大丈夫ですわ。でも、どうしても足が竦むのなら……まずはこの城下町の美味しいものを召し上がって、お腹と心に力をつけていらっしゃい。美味なるものは、いつだって迷う人の味方ですから」
列車がブレーキをかけ、松江駅のホームへと滑り込んだ。
サンライズは雅人の胸ポケットの『風の切符』を指先でトンと叩いた。
「行ってらっしゃいませ、雅人さん。夕暮れ時、宍道湖の岸辺で、最高の茜空があなたを待っておりますわ」
雅人は深く一礼し、デッキを降りた。
改札を抜けると、水の都・松江の爽やかな初夏の風が、雅人のスーツの裾を力強く押し出していった。




