第131話:熱々の鉄板、日生カキオコの濃厚な磯の香り
宇野港の裏路地、潮風で少し錆びたトタン屋根の軒先に、色褪せた藍色の暖簾が揺れていた。
引き戸を開けた瞬間、ジュウウウッ!という凄まじい鉄板焼きの轟音とともに、甘辛いソースの焦げる香ばしい煙が、蓮司の鼻腔を直撃した。
「いらっしゃい! おやおや、ラ・マルちゃん、また賑やかな連れを連れてきたねえ!」
カウンターの奥で、年季の入った鉄のコテを両手に持ったおかみさんが、破顔して迎えてくれた。
「おばちゃん、カキオコ二つ! 牡蠣マシマシで頼むよ! このお兄さん、東京のオフィスで干からびてたから、海の滋養をたっぷり補給させてあげたいんだ!」
「あいよっ! 腕によりをかけて焼いたげるからね!」
分厚い黒皮鉄板の上に、ラードがサッと引かれる。
その上に、山盛りの細切りキャベツと、小麦粉に鰹出汁を合わせたゆるめの生地が広げられた。
そして――。
おかみさんが銀色のボウルから鷲掴みにしたのは、蓮司がこれまで見たこともないほど巨大で、艶やかな生牡蠣の山だった。
「……ええっ!? そんなに乗せるのか!?」
蓮司は思わず声を上げた。
岡山県東部・備前日生の名物――**『カキオコ』**。
直径二十センチほどの生地の上に、大粒の生牡蠣が惜しげもなく、十数個も敷き詰められていく。生地が牡蠣で完全に覆い隠されてしまうほどの豪快さ。
ジュウジュウと音を立てる鉄板の上で、牡蠣の表面がぷっくりと膨らみ始める。
熱を帯びた牡蠣の身から、濃厚な乳白色の磯のエキスが滲み出し、鉄板に触れてチリチリと香ばしい煙を立ち上らせた。
青臭さなど微塵もない。
瀬戸内の豊かなプランクトンをたっぷり食べて育った、海のミルクの濃厚で力強い薫香。
ひっくり返された生地が蒸し焼きにされ、最後に上から卵が落とされる。
おかみさんはコテで器用に二つに切り分け、片方にはドロリとした特製濃厚ソースと青のり、鰹節をたっぷりかけ、もう片方にはサッと生醤油を塗り、粗塩をパラリと振った。
「はいお待ち! 半分はソース、もう半分は醤油と塩で食べるのが、日生のカキオコ流だよ!」
湯気を上げる熱々の鉄板から、蓮司は小さな鉄のコテを使って、牡蠣がぎっしり詰まった一切れを口の中へと運んだ。
ハフハフと息を吐きながら、前歯で噛み締める。
「――ッッ!!」
瞬間、口の中で熱い爆弾が炸裂した。
表面がカリッと香ばしく焼かれた牡蠣の薄皮がプチッと弾け、中からトロトロに熟成された濃厚なエキスの奔流が溢れ出してきたのだ。
甘い。そして、圧倒的な海の旨味。
サクサクとした千切りキャベツの甘みと、出汁を吸ったふんわりとした生地が、牡蠣の野性的な濃厚さを完璧に受け止めている。
醤油と塩の側を頬張ると、今度は牡蠣本来の澄み切ったミネラルの香りと磯の甘みが、ダイレクトに舌を駆け抜けた。
焦げた醤油の香ばしさが、牡蠣のクリーミーさを限界まで引き立てる。
「う、美味い……! なんだこれ、牡蠣のジュースでお好み焼きを食べているみたいだ!」
「ふふ、これと一緒に流し込んでごらん!」
ラ・マルが、汗をかいた茶色い瓶から、細身のグラスへと黄金色のビールを注いだ。
岡山・吉備のクラフトブルワリーが仕込んだ『瀬戸内レモン・ペールエール』。
蓮司はグラスを煽った。
冷えた炭酸とともに、瀬戸内レモンの爽快な柑橘の香りと、ホップの心地よい苦味が喉を駆け抜ける。
熱く濃厚な牡蠣の脂が、一瞬で綺麗に洗い流され、すぐさま次の一切れを求める猛烈な食欲が湧き上がってくる。
「美味い……! 東京で食べていたどんな高級料理より、生きている味がする……!」
「当たり前さ!」
ラ・マルが満足そうにビールを飲み干し、プハッと息を吐いた。
「素材の命がそのまま鉄板で爆発しているんだ。小細工なんて要らないんだよ。……さあ、エネルギーは満タンだ。次は、君の目を覚ます『本物の金属』を見に行こう!」
港の風が、二人の背中を力強く押し出していた。




