↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
128/214

第128話:木目の車内、自転車を乗せて走る鉄路

車内に一歩足を踏み入れた瞬間、蓮司は思わず立ち止まり、感嘆の息を漏らした。

 

「……木だ。床一面が、本物の木材なのか……!」

 

 足元に広がっていたのは、無機質なビニールシートではなく、一枚一枚丁寧に組み合わされた無垢のオーク材(楢の木)のフローリングだった。

 靴底を通して伝わってくる、天然木ならではのしっとりとした反発力と温もり。

 壁面には、アートブックや写真集がずらりと並ぶクラシカルな木製本棚。

 窓際には、一人掛けのカウンター席と、向かい合わせの木製ベンチシートがゆったりとした間隔で配置され、窓枠からは初夏の眩い日差しが木漏れ日のように差し込んでいる。

 

 そして、何よりも蓮司の目を引いたのは、車両のデッキスペースだった。

 そこには、最新のロードバイクやクロスバイクの前輪をそのまま固定できる、特製のサイクルラックが四台分、美しく備え付けられていたのだ。

 

「列車の中に……自転車をそのまま積み込めるのか?」

「そうさ!」

 ラ・マルが、木製トランクを本棚の脇に置き、ベレー帽を直しながら得意げに笑った。

「レールはね、大きな街から街へ、最短ルートで僕たちを運んでくれる頼もしい幹線路だ。でもね、駅から先の細い路地や、潮風の吹き抜ける防波堤、名もない名画のような夕焼けの岬へ行くには……自分の足でペダルを漕ぎ出すしかないだろう?」

 

「駅から先の、細い路地……」

「そう! レールと車輪、そして二本の足。そのすべてが組み合わさって、初めて『本当の旅のキャンバス』が完成するのさ!」

 

 ガタゴト、ガタゴト……。

 心地よいモーター音とともに、ラ・マル・ド・ボァがゆっくりと岡山駅のホームを離れ出した。

 山陽本線の複線から、単線の宇野みなと線(宇野線)へとポイントを渡る。

 ガタン、ゴトンという振動が、無垢のオーク材の床を通して足の裏へと伝わってくる。

 

「はい、これ。お疲れ気味のアートディレクター君に、瀬戸内からのウェルカムドリンクだよ」

 ラ・マルが手渡してくれたのは、結露した細身のグラスだった。

 薄いピンク色をした透明な液体。

 氷がカランと涼やかな音を立てる。

 

「……桃?」

「岡山特産の白桃果汁を贅沢に絞った、水出しのオーガニックダージリンティーさ。シロップなんて野暮なものは入れてないよ。桃そのものの甘みだけで十分さ」

 

 蓮司はグラスを口元に寄せた。

 ふわっと立ち上る、完熟した白桃の甘美で高貴な芳香。

 一口含むと、ダージリンのキリッとした渋みと、白桃のとろけるような自然な甘みが喉を滑り落ちていく。

 何週間もコンビニの添加物まみれのエナジードリンクばかりを胃に流し込んでいた蓮司の身体が、清らかな果汁によって、内側から洗い清められていくようだった。

 

「……美味い」

「ふふ、いい顔になってきたね」

 ラ・マルは窓辺のカウンターに肘をつき、アクアブルーの瞳を細めた。

 

 車窓の外には、岡山の肥沃な平野が広がり、遠くの青空には白い入道雲が湧き上がっていた。

 だが、蓮司の胸の奥底には、まだ重い棘が突き刺さったままだった。

 数字に殺されたデザイン。無駄を許さない社会。

 その苦悩を吐き出す場所が、やがて訪れる「アートの駅」で待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。