第012話:岡山駅の儀式、瀬戸と出雲の分かれ道
ふと意識が浮上したとき、部屋の中は淡い青紫色の光で満たされていた。
雅人はベッドの上で上体を起こし、時計を見た。午前六時十分。
カーテンを全開にすると、車窓には見渡す限りの吉備路の平野が広がっていた。
東の地平線が、薄い群青から茜色、そして黄金色へと静かにグラデーションを描いている。まさに、列車の名前そのものの「サンライズ(日の出)」の瞬間だった。
「……よく寝たな」
驚くほど頭が軽かった。
何ヶ月も続いていた偏頭痛も、肩の重苦しい凝りも、嘘のように消え去っていた。
ポーン、と澄んだチャイムが鳴り、車内アナウンスが流れる。
『おはようございます。ただいまの時刻は、六時二十分。列車はまもなく、岡山、岡山に到着いたします。山陽新幹線、山陽本線、瀬戸大橋線はお乗り換えです。当列車は岡山駅におきまして、前七両の「サンライズ瀬戸」高松行きと、後七両の「サンライズ出雲」出雲市行きに切り離し作業を行います――』
ガタン、とポイントを渡る重厚な振動とともに、列車は岡山駅の長いホームへと滑り込んだ。
デッキに出ると、身支度を整えたサンライズが立っていた。
「おはようございます、雅人さん。よくお眠りになれましたか?」
「ええ、信じられないくらいぐっすりと。……外へ出てもいいんですか?」
「ええ、切り離しのために五分ほど停車いたしますわ。朝の空気を吸いにいらっしゃい」
ホームに降り立つと、初夏の清冽な朝風が頬を撫でた。
七号車と八号車の連結部分には、早朝にもかかわらず、鉄道ファンや乗客たちが集まっていた。
そこには、雅人の目を見張らせる光景があった。
連結器の前に、二人の女性が立っていたのだ。
一人は、雅人と一緒に夜を越えてきた、大人の包容力をたたえたサンライズ。
そしてもう一人は――まったく同じ顔立ちでありながら、マリンブルーのスカーフを巻き、瀬戸内海の波のように軽やかな笑顔を浮かべた、もう一人の「サンライズ」だった。
「……えっ? 二、人……?」
雅人が息を呑む中、二人のサンライズは互いに両手を重ね合わせた。
プシューッ、と連結器のロックが外れ、電気配線とエアホースが静かに切り離される。
「行ってらっしゃい、瀬戸の海へ。あちらのお客様も、良い朝を迎えられたかしら?」
出雲のサンライズが微笑むと、瀬戸のサンライズが快活に頷いた。
「ええ! 瀬戸大橋を渡って、讃岐の朝うどんと青い海が待っているわ。あなたも、神々の山越え、気をつけてね」
「ありがとう。良い旅を」
ガコン、とわずかに車体が離れ、前方の「サンライズ瀬戸」がゆっくりと動き出した。
赤とベージュの車体が朝日を浴びて輝きながら、四国へ、瀬戸内海へと滑り出していく。その車窓の彼方からは、どこか遠くでレモンの木が揺れるような、爽やかな潮風の気配が漂ってきた。
「不思議でしょう?」
戻ってきたサンライズが、琥珀色の瞳を細めて雅人に語りかけた。
「東京を出るときは一つだった命が、ここで二つに分かれるのです。一本のレールから、瀬戸内の穏やかな海を目指す者と、中国山地の険しい山を越えて日本海を目指す者へ。人生の岐路と同じですわね」
「……ああ。どちらに進むか、自分で決めるんだな」
「ええ。そしてあなたの選んだ道は、北――伯備線です。神々が鎮まる、出雲の国へ向かいましょう」
十四両から七両へと身軽になった「サンライズ出雲」は、定刻通りに岡山駅を発車した。
倉敷を過ぎると、列車は山陽本線の複線大幹線を左手に別れを告げ、右へ――緑深い山あいを縫う単線へと、大きく舵を切った。




