第111話:石州瓦の紅き炎、千度の登り窯
山口県から島根県へと県境を越えた『SLやまぐち号』は、盆地を囲む山々の斜面に、独特の赤褐色に輝く瓦屋根の家々が広がる風景の中へと滑り込んでいった。
青空と緑の山肌を背景に、まるで煉瓦のように深みのある赤茶色の屋根が、陽光を反射して輝いている。
「あれが、西日本の雪と寒波から家々を守り続けてきた『石州瓦』だ」
やまぐちが車窓を指差す。
「津和野へ入る前に、立ち寄るべき場所がある。鉄の熱量を知ったお前に、今度は土と炎の極致を見せてやろう」
列車を降り、山あいの丘陵地に煙を上げる古い窯元へと足を運んだ。
そこには、山の斜面に沿って階段状に築かれた、巨大な登り窯が横たわっていた。
窯の焚き口からは、パチパチと松の薪が爆ぜる凄まじい熱風と、赤土が焼き締まる独特の香気が漂っている。
「いらっしゃい。おや、やまぐちの嬢ちゃんか。また煤けた連れを連れてきたな」
手ぬぐいを頭に巻いた、白髪の老陶工が汗を拭いながら奥から現れた。
窯元の主・佐々木(七十歳)。この道五十年の瓦職人だ。
「佐々木さん、この男に石州瓦の炎を見せてやってくれ。下関の旋盤職人だが、時代の波に呑まれかけて迷っているのだ」
「ほう、金属の職人さんかい」
佐々木は恭平の節くれだった両手を見つめ、ニッと笑った。
「なら、この炎の温度が肌で分かるはずだ。覗いてみな」
佐々木に促され、恭平は登り窯の小窓から中を覗き込んだ。
「――っ、白熱している……!」
火室の奥で、無数の瓦が紅蓮を超えて、白銀色に輝いていた。
「千三百度だ」
佐々木が静かに言った。
「三州瓦や淡路瓦が千度前後で焼くのに対し、うちの石州瓦は千三百度という、日本の陶器瓦で最高の超高温で焼き締める。粘土の隙間という隙間が完全に溶け合ってガラス化し、吸水率が極限まで下がるんだ。だから、真冬に氷点下二十度になっても、水が染み込んで凍結割れすることがねえ。塩害にも酸性雨にもビクともしねえのさ」
佐々木は、焼き上がったばかりの一枚の赤瓦をコンクリートの土間に置いた。
釉薬には、出雲地方で採掘される『来待石』の粉末が使われており、ガラス質の光沢の中に、重厚な赤褐色のグラデーションが浮かび上がっている。
佐々木が鉄のハンマーを取り出し、瓦の縁を力任せにガツンと叩いた。
キィィィィン……!
土の鈍い音ではない。
まるで最高級の刀剣や鐘を叩いたかのような、澄み切った金属音が作業場に響き渡った。
瓦には傷一つついていない。
「すごい……。土なのに、鉄のように硬い」
恭平は息を呑んだ。
「安物のスレート屋根やセメント瓦なら、機械で安く大量に作れるさ」
佐々木はパイプの煙を燻らせながら語った。
「だがな、そんなもんは三十年でボロボロになってゴミになる。石州瓦は違う。百年、二百年経っても割れず、色褪せず、子や孫の代まで家を守り抜く。職人の仕事ってのはな、時代の流行り廃りに媚びることじゃねえ。……百年の風雪に耐えて残る『本物』を世に送り出すことじゃねえのかい?」
百年の風雪に耐えて残る、本物――。
その言葉が、恭平の胸の奥深く、旋盤を握る職人としての誇りにズシンと落ちた。
自分はこれまで、大企業の顔色ばかりを伺っていた。
コスト削減、短納期、言われた通りの図面――それに応えることだけが仕事だと思い込んでいた。
だが、自分が本当に作りたかったのは何だったのか。
百年経っても狂わない、百年の機械の心臓を支え続ける、本物の部品だったのではないか。
「……俺は、間違っていました」
恭平は赤瓦を撫でながら、静かに呟いた。
「安く早く作ることばかりに追われて、本物を作る誇りを忘れていた。……佐々木さん、ありがとう。俺、もう一度、自分の削るものに向き合ってみます」
「いい面構えになったな、兄ちゃん」
佐々木は豪快に笑い、恭平の肩を叩いた。
赤瓦の屋根が連なる津和野の町並みが、すぐそこまで迫っていた。
そして、その美しい城下町の片隅で、恭平の魂を決定づける「奇跡の出会い」が待っていたのだ。




