第100話:北陸と紀州の風、職人たちの贈り物
山陽路を東へと快走する『TWILIGHT EXPRESS 瑞風』のサロンカーには、いまや西日本の全土から届けられた「魂の結晶」が勢揃いしていた。
瑞風が直接立ち寄ることのできない北陸や紀州の地からも、それぞれの鉄路を駆ける特急列車たちがリレーのように想いを繋ぎ、途中駅の岡山や姫路で車内へと積み込まれたのだ。
テーブルの中央、ビロードの敷布の上に並べられた品々を前に、宮内は息を呑んだ。
まず目を引いたのは、重厚な輝きを放つ一揃いのカトラリーだった。
ナイフ、フォーク、スプーン。
純銀の艶やかな光沢の奥に、鍛造特有の細やかな打ち目が波紋のように走っている。
――第七章、福井・武生の越前打刃物の名匠が、この瑞風のディナーのために特別に鍛え上げたカトラリー。
添えられた手紙には、高校野球部の監督・三上徹からの力強いメッセージが記されていた。
『宮内様。恩師・岩佐先生とともに、私たちは今、グラウンドで泥まみれになりながら白球を追っています。あの越前の炉の火花のように、真っ赤に燃える命のフルスイングを、どうか最後まで貫いてください!』
遠く北陸の雪解け水を切り裂いて疾走する特急『サンダーバード』の、白銀の風が手紙から立ち上るようだった。
その隣には、漆黒のオブジェが凛として鎮座していた。
硬質で、ガラスのような鋭い光沢を放つ円柱状の炭――和歌山が世界に誇る『紀州備長炭』。
ウバメガシの原木を千度を超える高温で焼き締め、職人の手で磨き上げられたそのオブジェからは、清浄な紀伊半島の山風の香りが漂ってくる。
――第五章、定年退職した町工場の老職人・水野幸造と、その技を継ぐ決意をした息子・健太が、親子で削り出した感謝の記念碑。
クーラーボックスには、勝浦港で水揚げされたばかりの、鮮やかな深紅の『極上生まぐろ』が納められていた。
白良浜の波打ち際で笑うパンダ耳の鉄娘『くろしお』の、潮飛沫のような元気が溢れている。
そして、三つ目の宝物。
金粉と色漆で繊細な鳳凰が描かれた、朱塗りの銘々皿。
――第六章、石川・輪島塗の老舗で、結婚を控えた娘・神谷美咲と母・真弓が、母娘の絆を取り戻した証として特注した漆器。
加賀友禅の艶やかな着物をまとった鉄娘『花嫁のれん』の、優雅で温かな寿ぎの祈りが込められていた。
「……越前の刃物。紀州の備長炭とまぐろ。能登の輪島塗……」
宮内は、一つひとつの品を震える指で撫でた。
どれも、宮内が現役時代に「日本のものづくりの誇りを、列車という舞台で輝かせたい」と夢見ていた伝統工芸たちだった。
「彼らは皆、あなたを待っておりました」
ミズカゼが、深緑のドレスを優雅に揺らして微笑んだ。
「あなたがレールを敷き、列車を走らせてくれたからこそ、傷ついた人々はその土地の技に出会い、職人たちの魂に触れて立ち直ることができたのです。……今宵、そのすべての想いが、ひとつの食卓へと集結いたします」
「ひとつの、食卓に……?」
「はい。食堂車『ダイナープレヤデス』へお越しくださいませ。今宵の厨房を任された料理人が、あなたのために腕を振るっております」
宮内は背筋を正し、立ち上がった。
胸の病の痛みは、いつの間にか嘘のように消え去っていた。
西日本の大地が、海が、そしてそこに生きる人々の魂が、老いた男の身体に計り知れない生命の力を注ぎ込んでいた。
重厚な真鍮のドアが開き、宮内は至高の晩餐会が待つ食堂車へと足を踏み入れた。




