Episode 3
「……なあ、フィーネ」
呼吸が落ち着いてきたところで、アルトはふと思い出したように口を開いた。
「住んでるとこ、あるか? こっちに来たってことは……」
フィーネは、少し間を置いてから、静かに首を横に振った。
「……ない。帰る場所も、ない」
それだけの言葉だったが、その声には、言葉以上のものが滲んでいた。
アルトは何も言わずに、少しの間フィーネを見た。
(あのカプセルの中に、ずっと一人でいたのか……)
どれだけの間かは分からない。だが、帰る場所も、行く場所もないというのは——アルトにも、覚えのある感覚だった。
「だったら……オレのとこ、来るか?」
フィーネが顔を上げる。
「スラムだから、全然大したとこじゃないけど。ここよりは安全だし……まあ、その、一人よりはマシだろ」
アルトは少し照れくさそうに頭を掻きながら続けた。
「邪魔とか思わないから。来たいなら、来ればいい」
フィーネは、一瞬、驚いたように目を丸くした。
それから——ゆっくりと、柔らかく笑った。
「……うん。行く」
「よし、決まり」
アルトは立ち上がって、ぱんと手を叩いた。
「その前にちょっと寄り道いいか? さっき倒した機械、部品が使えそうだった。高く売れる素材が多いから、回収してく」
「さっきの機械……解体するの?」
「ああ。自律型の機械は、中に使える素材がごっそり入ってるんだ。国に持ち込めばいい値がつく」
アルトはそう言いながら、先ほどの戦闘機械が倒れた方向へと歩き出した。
***
転倒したまま動かなくなった戦闘機械の前で、アルトは手際よく装甲を外し、内部のパーツを選り分けていく。
動力炉のコア。希少金属の骨格フレーム。劣化していない制御チップ。
「これと、これと……あとこっちも使える」
フィーネは少し離れたところから、その様子を静かに眺めていた。
(機械の中身が、分かるんだ……)
部品を選ぶ手が迷わない。触れた瞬間、何が使えて何が使えないか、全部分かっているような動きだった。
「よし、こんなもんか」
アルトは荷物をまとめて立ち上がり、フィーネに向かってにっと笑った。
「これだけありゃ、今日はいいもん食えるな。フィーネ、好きな食べ物とかあるか?」
「……好きな食べ物」
フィーネは、少し考えるように首を傾けた。長い眠りの中で、そんなことを考えたことはなかった。
「……分からない。食べたことが、ほとんどないから」
「じゃあ色々試してみようぜ。オレの行きつけのとこ、安いけど結構うまいんだ」
アルトはそう言いながら、廃墟の外へと歩き出した。フィーネは、その背中を追うように、隣に並ぶ。
(一緒に、ご飯を食べる……)
当たり前のその言葉が、フィーネには、とても大きなことのように聞こえた。
***
廃墟を抜けた先の、崩れた建物の陰に、一台のバイクが止まっていた。
全体的にくたびれていて、あちこちに補修の跡がある。それでも、エンジンをかけた途端、低く力強い音を立てた。
「乗れるか? 後ろ、掴まってれば大丈夫だから」
「……うん」
フィーネは、アルトの後ろにそっと跨った。どこに掴まればいいか分からず、とりあえず荷台の端に手をかける。
「準備いいか?」
「……いい、と思う」
「じゃ、行くか——」
アクセルを開けた瞬間、バイクが勢いよく飛び出した。
「——っわああ!?」
フィーネは反射的に、アルトの背中にしがみついた。両腕を回して、ぎゅっと、力いっぱい。
「は、速い……っ! すごく速い……!」
「ちょっと、危ない——っ! 落ちないように気をつけて……!」
「気をつけてって言われても——っ!」
風が、髪を激しく揺らす。廃墟の景色が、どんどん後ろへ流れていく。
フィーネは、アルトの背中に顔を埋めながら——ふと、思い出していた。
長い、長い眠りの記憶。
誰もいない、静かなカプセルの中。光も、音も、温度も、ほとんど感じない場所。目が覚めても、誰も来ない。声をかけてくれる誰かも、いない。
ただ、一人で——ずっと。
「……ねえ、アルト」
「なに……っ、大声じゃないと聞こえ——!」
「友達に、なって欲しい」
風の音の中に、フィーネの声が溶けた。
アルトは、一瞬黙った。
「……なって欲しいって」
少しして、アルトは前を向いたまま、声を上げて笑った。
「当たり前だろ! もうなってるだろ、オレたち!」
フィーネは、少しの間、黙っていた。
それから——風の中で、誰にも見えないように、そっと微笑んだ。
アルトの背中に、もう一度、力を込めてぎゅっとしがみつく。
「……うん」
風が、温かかった。
これまでの、長い長い孤独が、少しだけ溶けていくような気がした。
世界は、こんなにも——賑やかで、温かいものだったのか。
フィーネは目を細めて、遠くに広がる空を見上げた。灰色がかった空だったが、それでも今は、どこか柔らかく見えた。
これから、どこへ向かうのか。何が待っているのか。
何も分からない。
それでも今は——隣に、友達がいる。
それだけで、十分だと思った。




