表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海にゆらぐ泡のごとく  作者: 北海 犬丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

5


 二時間ほどの眠りの中で、夢は見なかった。

「じゃあ、三時間後に起こすから。ゆっくり休め。」

 眠い目を擦りながら、吉野と交代する。吉野がおやすみと声を掛けて、眠りに入った。

 相当疲れていたのだろう。すぐに眠りに落ちたようで、穏やかな寝息が聞こえてくる。気を張る必要のない睡眠など、何年ぶりだろうか。

 戦争が終わったからと言って、奇襲が無いとは限らない。ただ、今日一日で米兵が近くにやって来た気配はなく、この洞窟は上空からも海からも見えないのだから、それほど心配はしなくていいはずだ。

 加藤は、懐に仕舞っていた手帳を取り出した。そして、麻袋の遺書を取り出し、住所を書き写していく。東京、大阪、神戸、名古屋、博多、広島……。皆、様々な地方から来ていた。

 何年かかるかは分からないが、必ずすべての遺書を届けなければ。加藤は小さく決意する。

 すべてを書き写すと、今度は小さな写真を取り出す。そこには、椅子に座る母や、後ろで立つ父、幼い日の加藤自身、そして幼子の弟妹が写っていた。幾重にも皺が入っていても、はっきりと姿を見てとることができる。

「父さん……。」

 ぼそりと呟く。父は帝國軍人だった。ノモンハンで戦死したが、最期まで立派な人だったと聞いている。

「母さん、絹、弥助……。」

 体の弱い母だったが、父の亡き後も弱音は吐かなかった。家族を養うためと近所の畑を手伝って、食料を貰っていた。弟妹は、すでに小学校に入学しているはずだ。

 家を離れてから、もうすぐ一年半が経つ。彼らは元気にしているだろうか。

「……そろそろ時間か。」

 懐中時計を見て、加藤は胸に写真を仕舞うと、吉野の肩をゆする。吉野がうっすらと目を開けた。

「吉野、起きろ。そろそろ出発しよう。」

 吉野は起き上がって大きく伸びをする。そして、肩を竦めて苦笑した。

「夢を見たよ、家族の。皆、幸せそうでさ。豪勢な食事を囲んだんだ。」

「そうか。吉野、実家はどこだっけ?」

「長崎だよ。端の山上だけどね。」

「訛りが無いから、てっきり東京の人間かと思ってた。」

「両親が東京なんだ。そのせいか、あんまり訛りは移らなくて。加藤は横浜だっけ?」

「ああ。だから、俺も訛りはあまり。」

「はは、蒲田さんが聞いたら怒りそうだな。関東の訛りを喋っているって。」

「蒲田さんは京都出身だからな。……さて、いくか。」

 他愛ない話をしながら支度を終え、加藤と吉野は洞窟を後にした。深い森が続くが、慣れた道を迷うことは無い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ