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二時間ほどの眠りの中で、夢は見なかった。
「じゃあ、三時間後に起こすから。ゆっくり休め。」
眠い目を擦りながら、吉野と交代する。吉野がおやすみと声を掛けて、眠りに入った。
相当疲れていたのだろう。すぐに眠りに落ちたようで、穏やかな寝息が聞こえてくる。気を張る必要のない睡眠など、何年ぶりだろうか。
戦争が終わったからと言って、奇襲が無いとは限らない。ただ、今日一日で米兵が近くにやって来た気配はなく、この洞窟は上空からも海からも見えないのだから、それほど心配はしなくていいはずだ。
加藤は、懐に仕舞っていた手帳を取り出した。そして、麻袋の遺書を取り出し、住所を書き写していく。東京、大阪、神戸、名古屋、博多、広島……。皆、様々な地方から来ていた。
何年かかるかは分からないが、必ずすべての遺書を届けなければ。加藤は小さく決意する。
すべてを書き写すと、今度は小さな写真を取り出す。そこには、椅子に座る母や、後ろで立つ父、幼い日の加藤自身、そして幼子の弟妹が写っていた。幾重にも皺が入っていても、はっきりと姿を見てとることができる。
「父さん……。」
ぼそりと呟く。父は帝國軍人だった。ノモンハンで戦死したが、最期まで立派な人だったと聞いている。
「母さん、絹、弥助……。」
体の弱い母だったが、父の亡き後も弱音は吐かなかった。家族を養うためと近所の畑を手伝って、食料を貰っていた。弟妹は、すでに小学校に入学しているはずだ。
家を離れてから、もうすぐ一年半が経つ。彼らは元気にしているだろうか。
「……そろそろ時間か。」
懐中時計を見て、加藤は胸に写真を仕舞うと、吉野の肩をゆする。吉野がうっすらと目を開けた。
「吉野、起きろ。そろそろ出発しよう。」
吉野は起き上がって大きく伸びをする。そして、肩を竦めて苦笑した。
「夢を見たよ、家族の。皆、幸せそうでさ。豪勢な食事を囲んだんだ。」
「そうか。吉野、実家はどこだっけ?」
「長崎だよ。端の山上だけどね。」
「訛りが無いから、てっきり東京の人間かと思ってた。」
「両親が東京なんだ。そのせいか、あんまり訛りは移らなくて。加藤は横浜だっけ?」
「ああ。だから、俺も訛りはあまり。」
「はは、蒲田さんが聞いたら怒りそうだな。関東の訛りを喋っているって。」
「蒲田さんは京都出身だからな。……さて、いくか。」
他愛ない話をしながら支度を終え、加藤と吉野は洞窟を後にした。深い森が続くが、慣れた道を迷うことは無い。




