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海にゆらぐ泡のごとく  作者: 北海 犬丸


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3/8

3

「加藤、あそこ。」

 後ろを歩く吉野が声を掛けて来たので、加藤は振り返って、彼の指さす方を見た。

 鬱蒼(うっそう)(しげ)る森の中、少し開けたそこは、明らかに他と違っている。目を凝らすまでもなく、粉塵が辺りを覆ったのだと分かった。

 風が吹いて、(むせ)ぶような匂いに思わず口を覆う。近付くのを躊躇(ためら)うほどの、酷く生臭い血の匂い。そこが最期の地であることは、火を見るより明らかだ。

 隣で吉野が、地面に伏せてえずく。加藤はなんとか耐えたけれど、鼻の奥にこびりついて仕方がない。

「……寄る?」

 吉野が、おそるおそる尋ねてくる。

 多くの死が、そこにある。せめてもの(はなむけ)に手を合わせられたらという気持ちはある。

 だがそれでも、加藤は首を横に振った。

「いや、やめよう。」

 現場を見れば、耐えられる自信が無かったのだ。すぐにでも銃を手に取って、頭を撃ち抜いてしまいそうだった。

 吉野は加藤の気持ちを察してか、そうだね、とだけ呟いて、再び麻袋を持った。

 池までの距離は、それほど遠いものではない。下り坂で足場が良くないため時間はかかるが、それでも十分ほどだ。

 池の周辺には草で出来た小さな雨避け用の屋根があり、その下に、やはり紙の束が置かれていた。荷物も一緒に揃えてある。

「中山さんだな。」

「そうだね。いつも先回りしてくれる人だったから。」

 中山伍長は、誰が何を必要としているかを察して、それとなく配慮してくれる人だった。加藤たちがやってくることを見越して、まとめてくれていたのだろう。

 紙の束を取り、仲間の荷物を探る。手に取るたび、思い出が蘇っては手を止める。そして気を取り直して、再び次の人の遺品を漁っていく。

 島は、ひたすらに静かだ。風の音、鳥の声、木々のざわめき。今日まで、気にも留めたこともなかった。

 この島は、いつも賑やかだった。

「いたづらに 長く()き世に 留むれど 今日ぞ高けき 天へ散らむや」

 吉野が、紙を読み上げる。加藤は、それが誰のものであるかすぐに分かった。

「長倉か?」

「うん。これだけが置いてあった。」

「長倉らしいな。」

 加藤は同期の顔を思い浮かべて苦笑する。

 長倉は風流人を気取って何かと一句詠んでいた、気の好い青年だった。不意のイタズラには何度も困らされたけれど。

 加藤は彼が使っていた筆を取り、辞世の句と合わせて麻袋に入れる。

 一通り集め終わってその場を立ち去ろうとしたとき、池の中が鈍く光るのを見た。

 加藤は気になって池を覗き込み、合点がいったとばかりに、なるほど、と呟く。吉野が、どうかしたのかと尋ねたので、池を指さした。

「武器が全然見当たらなかった理由が分かった。池に捨てたんだ。」

 吉野が隣にやってきて加藤の指す方を見れば、そこにはたしかに、島中にあったであろう銃や弾などが沈められていた。

「俺達が洞窟を出た時に、ここで爆発が聞こえたよね。」

「ああ。たぶん、武器を捨てていたから他より遅くなったんだな。」

「俺達がもう少し早く気付いてれば、生きて……。」

「ああ。でも、たぶん、気付くのは無理だったと思う。あまり気にしすぎるな」

 加藤たちのいた洞窟は、周りの音が聞こえづらい場所だった。大量の手榴弾が爆発したからこそ気が付けたのであって、普通の話し声などまず届かない。

「定時連絡は朝と夕の六時、ね。」

 加藤がフッと笑う。

 定時連絡の時間は、持ち場により異なっていた。だから疑うことも無かった。

 だが竹畑少佐は、そこも入念に仕組んでいたのだろう。それらしい理由を付けて、わざと昼の時間に被らないようにしていたのである。それほどまでに、自分たちを死なせたくは無かったということか。

 加藤は池の銃をじっと眺める。

 深いとはいえ、取りに行けない場所ではない。水中に浸かっていても動作には問題ないはずだ。いや、そもそも自分たちは拳銃を持っている。やろうと思えば、いつでも彼らのもとへいくことは出来る。

「……行こう。」

 加藤は腰に手を伸ばしたい衝動に耐えて、次の場所へと歩き出した。吉野も頷いて、後に続く。

 池から少し離れた風上から運ばれてくる、生臭さにほのかな甘さが混じった鉄の匂い。べったりと喉に張り付き、胃液がせりあがってくる。

 司令部よりも生々しい。それでも、もう足を止めることは無かった。


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