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「加藤、あそこ。」
後ろを歩く吉野が声を掛けて来たので、加藤は振り返って、彼の指さす方を見た。
鬱蒼と茂る森の中、少し開けたそこは、明らかに他と違っている。目を凝らすまでもなく、粉塵が辺りを覆ったのだと分かった。
風が吹いて、噎ぶような匂いに思わず口を覆う。近付くのを躊躇うほどの、酷く生臭い血の匂い。そこが最期の地であることは、火を見るより明らかだ。
隣で吉野が、地面に伏せてえずく。加藤はなんとか耐えたけれど、鼻の奥にこびりついて仕方がない。
「……寄る?」
吉野が、おそるおそる尋ねてくる。
多くの死が、そこにある。せめてもの餞に手を合わせられたらという気持ちはある。
だがそれでも、加藤は首を横に振った。
「いや、やめよう。」
現場を見れば、耐えられる自信が無かったのだ。すぐにでも銃を手に取って、頭を撃ち抜いてしまいそうだった。
吉野は加藤の気持ちを察してか、そうだね、とだけ呟いて、再び麻袋を持った。
池までの距離は、それほど遠いものではない。下り坂で足場が良くないため時間はかかるが、それでも十分ほどだ。
池の周辺には草で出来た小さな雨避け用の屋根があり、その下に、やはり紙の束が置かれていた。荷物も一緒に揃えてある。
「中山さんだな。」
「そうだね。いつも先回りしてくれる人だったから。」
中山伍長は、誰が何を必要としているかを察して、それとなく配慮してくれる人だった。加藤たちがやってくることを見越して、まとめてくれていたのだろう。
紙の束を取り、仲間の荷物を探る。手に取るたび、思い出が蘇っては手を止める。そして気を取り直して、再び次の人の遺品を漁っていく。
島は、ひたすらに静かだ。風の音、鳥の声、木々のざわめき。今日まで、気にも留めたこともなかった。
この島は、いつも賑やかだった。
「いたづらに 長く憂き世に 留むれど 今日ぞ高けき 天へ散らむや」
吉野が、紙を読み上げる。加藤は、それが誰のものであるかすぐに分かった。
「長倉か?」
「うん。これだけが置いてあった。」
「長倉らしいな。」
加藤は同期の顔を思い浮かべて苦笑する。
長倉は風流人を気取って何かと一句詠んでいた、気の好い青年だった。不意のイタズラには何度も困らされたけれど。
加藤は彼が使っていた筆を取り、辞世の句と合わせて麻袋に入れる。
一通り集め終わってその場を立ち去ろうとしたとき、池の中が鈍く光るのを見た。
加藤は気になって池を覗き込み、合点がいったとばかりに、なるほど、と呟く。吉野が、どうかしたのかと尋ねたので、池を指さした。
「武器が全然見当たらなかった理由が分かった。池に捨てたんだ。」
吉野が隣にやってきて加藤の指す方を見れば、そこにはたしかに、島中にあったであろう銃や弾などが沈められていた。
「俺達が洞窟を出た時に、ここで爆発が聞こえたよね。」
「ああ。たぶん、武器を捨てていたから他より遅くなったんだな。」
「俺達がもう少し早く気付いてれば、生きて……。」
「ああ。でも、たぶん、気付くのは無理だったと思う。あまり気にしすぎるな」
加藤たちのいた洞窟は、周りの音が聞こえづらい場所だった。大量の手榴弾が爆発したからこそ気が付けたのであって、普通の話し声などまず届かない。
「定時連絡は朝と夕の六時、ね。」
加藤がフッと笑う。
定時連絡の時間は、持ち場により異なっていた。だから疑うことも無かった。
だが竹畑少佐は、そこも入念に仕組んでいたのだろう。それらしい理由を付けて、わざと昼の時間に被らないようにしていたのである。それほどまでに、自分たちを死なせたくは無かったということか。
加藤は池の銃をじっと眺める。
深いとはいえ、取りに行けない場所ではない。水中に浸かっていても動作には問題ないはずだ。いや、そもそも自分たちは拳銃を持っている。やろうと思えば、いつでも彼らのもとへいくことは出来る。
「……行こう。」
加藤は腰に手を伸ばしたい衝動に耐えて、次の場所へと歩き出した。吉野も頷いて、後に続く。
池から少し離れた風上から運ばれてくる、生臭さにほのかな甘さが混じった鉄の匂い。べったりと喉に張り付き、胃液がせりあがってくる。
司令部よりも生々しい。それでも、もう足を止めることは無かった。




