異世界転移
「ほう。それは頼もしい宣言ですねベルディラット。ではあなたの立てた候補について聞かせていただいてもよろしいですか?」
角の生えた茶虎猫の強気な言葉を、アインスは歓迎した。分かりやすいほど声に喜色がのっている。
よくよく考えれば……彼は時間の早送りを全宇宙を対象に行ったが、それだけである。基本的には成り行きに任せた観察に留めているはずで、個人に対しての干渉など初めてに違いない。
つまり僕の基板世界の運営方法と大して変わらない。こういう干渉に関しては素人も同然だ。わりと本気で、他の意見を欲しているんだろう。そしてベルディラットの態度は不遜だが、自信満々だ。本当に頼もしく思っているに違いない。
ただ……僕としては、この自世界の人間を滅ぼした猫が、真面目に考えてきているとはどうしても思えなかった。
他の人間が住んでる世界を観察するのは楽しんでいるようだから、生粋の人間嫌いというわけではないんだが。
「まずアインスの世界は限界ギリギリだからニャ。エマの世界みたいにお試しでどうこう言ってる場合じゃないニャ」
現状把握としては正しいな。
「そうですね。私としても早急に解決したいところです」
「だから、初っぱなから強力な個体をさらにメチャクチャに干渉して最強にした個体を使うニャ」
はいアウト。
「前提を聞いていたかベルディラット。二人の世界は歪みが酷すぎるから、最低限の干渉で済ませるという話だっただろ。強力な個体を使うのはいいが、メチャクチャに干渉するのはダメだ」
僕は指摘する。……その裏で、ちょっと安心もしていた。本当に発表すらさせてもらえないほど最高の案が出たらどうしよう……なんて、少し不安だったからな。
いやまあ、それくらいの案をベルディラットが出すなら、それは喜ばしいことではある。僕だってアインスの世界は救われてほしい。この案件をスパッと華麗に解決してくれるならそれはいいことだ。
ただ、頑張って考えてきた候補の紹介くらいはしたいだけで。
「そうですね。干渉はあくまで最小限、それでいて最大限の成果が見込める勇者候補を選ぶということでしたから、メチャクチャに干渉するという前提では……」
「裏技があるニャ」
ベルディラットが尻尾を揺らす。
「宇宙の歪みの発生は干渉度合いに比例するニャ。そしてアインスとエマの世界は歪みが酷いから、これ以上の過干渉はヤバそうと、そういうことだったニャ?」
「その通りですね」
「けれど我は、完成品をポンとそちらの世界に送るだけなら、どれだけメチャクチャな干渉をした個体でも大した干渉にならないと考えるわけにゃ」
……ん? どういうことだ?
過干渉しても歪みを抑える方法があるってことか?
「ベルディラット! まさかそれって!」
「あれをやる気なのっ?」
エマとチャルルンが驚きの声を上げる。急にろくでもなさが増した気がするぞ。
「ああ、なるほど」
アインスにも心当たりがあったのか、ポンと手を叩く。
「つまり、異世界転移を行おうと、そういうことですね?」
異世界転移。それは僕の世界で流行っている創作の一ジャンルらしい。
主役の個体が今の世界から別の世界へ転移するのだが、その際に尋常ではないほど強力な能力を与えられて、世界を救うレベルの凄い活躍をするのだと……なんか、そういうものだそうだ。
「……つまり、別の世界から勇者候補を引っ張ってくると。そういうことでいいか?」
「だからなんでゲインが知らないの?」
エマに呆れられるが、逆になんで君らは僕の世界の創作物にそんなに詳しいんだ。見るにしてももっと、世界情勢とか技術進歩とかベースボールリーグとか、他に見るものはあるだろ。
「我の案はこうニャ。他の歪みの少ない宇宙でメチャクチャに強化した個体を用意し、十分な力を得させた状態でアインスの宇宙に送り込む。あとはその個体に問題解決させればいいニャ」
「……一個体分の極小な宇宙間ゲートをごく短時間繋げるだけなら、歪みは抑えられる……のですかね?」
「試算どうなってる? 資料くらいあるんだろうな、ベルディラット」
「もちろんニャ」
茶虎猫が尻尾を揺らすと、中央画面が切り替わる……クッソ、無駄に凝ったダッセェパワポ画面で用意して来やがった。
「アインスが言った宇宙間ゲート作成は、残念ながら極小規模でも強力な干渉になるニャ。ただし対象個体を一旦別次元に隔離、経由してから送り込む場合、双方の宇宙への影響はグッと少なくなるニャ。ゲートというより、カプセルに閉じ込めて転移させてから開封、というイメージに近いニャ」
どうやら直接宇宙間でゲートを繋ぐと凄まじい影響があるようだ。急速に歪みが進む他に、お互いの宇宙の特色が混じり合う危険性もあるらしい。そりゃそうだよな、どう考えてもヤバい。
だがベルディラットの方法なら宇宙同士は繋がらない。歪みを最小限にできるわけか……。しっかり考えてやがる。
「面白い……たしかに面白いわねベルディラット。あなた天才だわ!」
おいチャルルン、君は僕の案に乗ってくれるはずだよな?
「でもその、メチャクチャに干渉して強くした個体を用意する、歪みの少ない別宇宙って具体的にはどこになるの?」
褐色の肌の女性は堪えきれないといった笑みを漏らしながら聞く。……話す相手はベルディラットなのに、流し目はこちらを向いていた。エマも、アインスも僕の方を向いている。
まあ、この中で……というか七つある宇宙の中で、僕の管理する基板世界こそが最も歪みが少ないのは明らかだ。なにせほとんど干渉していない。ただ一度、原初の生物に進化の果てに僕らと似た姿を目指すよう干渉したが、それ以外はなにが起きても触れないという世界運営をしてきた。
でも……それは干渉しない世界というコンセプトだからこそ。干渉せず、歪みを生まない運営をしてきたからこそだ。だから少しの歪みでも許容したくない。これは宇宙運営におけるこだわりの部分。
しかし現実的に考えて、僕の世界で強いのを作ってアインスの宇宙に送り込むのが最も効率的ではある。今回ばかりは仕方ないかもしれない……ちょっと、ちょっとだけ面白そうだしな。僕の案が通らなかったらだけどな。
「安心するニャ。ゲインの運営方針は理解しているし、無理強いするつもりなんてないからニャ」
僕が干渉の覚悟を決めようとすると、角の生えた茶虎猫のベルディラットは尻尾を振った。
どういうことだ? ベルディラットの考えでは、僕の宇宙の個体は使わないということか?
しかしこの中だと、アインスの宇宙に異世界転移できるのは……エマは論外として、チャルルンもかなり歪みが溜まっているから厳しいはず。そして言い出しっぺのベルディラットのところは……。
「異世界転移させる強化個体は、我の宇宙で用意するニャ」
「いや、お前のところは人類絶滅してるだろ」
ツッコミを入れてしまった。
ベルディラットの世界は面白いが知的生物はいない。原人すらいないはずで、せいぜい猿がいるくらい。アインスの世界はAIの暴走でピンチなのだから、救うならせめてコンピュータを理解できるレベルの知能は必要だろう。
そういう意味でも僕の世界の人間は、アインスの宇宙に送り込むにあたって適役ではある。技術レベルはかなり違ってしまうが、エマやチャルルンの宇宙の人類よりはいい。高レベルのハッカーを選んで干渉で知識ブーストしてやれば十分通用するはず。
うん、やはり送り込むなら僕の世界からだな。
「べつに異世界転移は人間限定じゃないからニャー」
ベルディラットが尻尾を動かす。円卓の中央の画面が切り替わる。
そして、映し出された画像に僕たちは絶句した。
「コレは……本気で言ってますか?」
アインスが顔を引きつらせる。エマのトコよりメチャクチャだもんな。
「我らの干渉を受けない、アインスの世界を掌握し人類を滅亡に追いやらんとする強力なAI……といっても、しょせんは機械。電子プログラムは計算し記録するためのハードが存在しないと動かないニャ。――ならば、それを全て物理で壊してしまえばいい」
コイツ、なんてこと考えやがる。
「というわけで我が用意するのは、巨大怪獣ニャ」




