居住区
自分の居住区に戻って、革張りのオフィスチェアに座った。緑茶のペットボトルを虚空から取り出して、キャップを片手で開けた。
反対側の手で、ホームシアターのリモコンを取る。
「おっと」
ホームシアターのスイッチを入れる前に、部屋が明るいことに気づいた。だが、お茶とリモコンで手が塞がっている。まあいいやと思念で照明を落とす。
投影機を起動する。
以前は、空間の概念すらなかった。上下もなかったし、時間も曖昧だった。なにより自分たちは思念だけでしかなかった。
そのままだと混ざるし薄れるので、自分たちの姿を作ってなんとなく個となろうとした。やがて今の形が流行ったが、最初のころは色もなかった。
それが今はこうだ。今いる七人が七人とも自分の居住区を作り、好き勝手に物を置いてプライベートを持っている。
参考にするのは、それぞれが管理する宇宙。その中の生命が発生した惑星だった。
「ふむ……なるほどな」
アインスの宇宙をざっくりと見て、エマの宇宙をざっくりと見て、僕は頷いた。
「酷いな」
最近はこっちの世界のベースボールが楽しすぎてずっとそればっかり観ていたため、他の六人の世界をあまり見ていなかったのだけど……これは酷い。
ベルディラットみたいに故意に滅ぼさなくても、人類って滅ぶんだ。アインスの方なんてもうほぼ終わってるじゃないか。
「勇者ねぇ……」
調べたところ、勇者というのは特別な力を持った個体の呼称らしい。伝説の剣が扱えるかどうかが重要だとかなんとか。……という、ファンタジーの存在だ。実際にはいない。つまりはそういう存在を僕らが選んで支援して倒させようと、そういうことらしい。
しかし、これを現地人類の個人に解決させようというのは厳しそうだな。しかも必要最低限の干渉で済ませたいと。
さて、ではどうしたものか。
結局あの五人での会議では、それぞれが勇者の選定、そして与える能力の詳細を考えるという形で一旦持ち帰りとなった。
干渉しすぎの歪みが原因である可能性が高い以上、今後の干渉は最小限かつ最大効率であるべきだ。じっくり考える必要があるし、できれば多角的な意見があると良い……ということで、当事者の二人以外も案を出すことになっていたが、僕とベルディラット、チャルルンはどんな状態なのかしっかり把握するところから始めなければならなかった。
というわけで、今はその状況把握をしている。具体的には二人の世界を覗き見してどんな状態か調べている。
「アインスの方は……そもそも候補者が少ないな。ほとんどの人間がコンピュータに対しての知識をマトモに持ってない。こっちの世界の一般人と大差ないな」
スマホの使い方は分かっても、どんな部品で組み立てられどんなプログラムで動いているのか、把握している人間は一部の開発側くらい。なんならスマホをただ使うだけすらできない者だっている。――それと同じことが、アインスの世界でも起こっていたようだ。
コンピュータ相手ならハッキングが常套手段だと思うけれど、それができそうな能力を持っている者は限られているし、そのうえで人口が五分の一になってるからさらに少ないだろう。
……とはいえ、いることはいた。そして数が少ないのはむしろ選びやすくていいとも言える。
その少数の者たちはすでに集団を作り、AI相手に身を隠しながら戦っている。……中には原因であるAIの開発者もいるらしい。
こういう奴らにハイスペックのハッキングツールとか与えたり、暴走AIを止めるアイディアが浮かぶだけの思考リソースぶっ込んでやればいいんだろうな。上手く行くかどうかは分からないが。
「エマの方は……相手が魔王とかいう個体だからな。配下をつくるだの環境を変えるだのと強力だが、その個体を仕留めればある程度まで解決しそうではある。アインスのところよりは単純だ」
魔王は干渉できないが、その情報に参照はできる。冗談みたいな性能だが生命ではあるから、上手くやれば活動停止させることができるだろう。
戦闘能力の高い者をピックアップして、能力向上させたり性能の良い武器を与えれば良さそうだ。……かなりの力を与えなければならないだろうが。
「人選……与える能力……最小の干渉で最高効率を……」
人間に力を急に与えたところで、きっと最初は満足に使えないだろう。馴染ませる時間がいる。ただどれだけの時間で満足に使えるようになるのかは未知数だな。解決にも時間がかかるだろうし、人選はすぐ死にそうにない、若い個体がいいだろう。
そのうえでアインスの方は知識を、エマの方は身体能力を、それぞれ高水準で元から持っている方が良さそうだから……最適解は……。
あれ? 楽しいなこれ。
干渉前提で見るってないもんな。問題解決のためとはいえ、ちょっと面白いかもしれない。
他の六人はいつもこういうことをしてるんだろうか。




