真逆の二人
金色の狼が駆けた。
二、三、四、五。右後ろ足が地面を蹴るごとに数が増える。その全てが白髪の少年に向かっていく。
少年が二本の曲剣を振るう。
片腕だけで軽々と、跳びかかってくる狼たちの首を次々と切り落としていく。落とした首は黒く燃え尽き、金色の体躯は灰になる。
――アインスが老人をやめてるの久しぶりに見たな。それに曲剣のデザインがシンプルすぎるし、剣身の大きさがイマイチ安定していない。そうとう精神的な負荷がかかってると見える。
対するベルディラットが今度はサイになった。ダンプカーのように巨大で鎧のような外皮を持つそれが突進する。
うん、こっちは遊んでる。剣に対して、こっちは堅いぞどうするって問いを出した。
「ベルディラットがからかって、アインスがキレた感じ?」
「そのとーり。アインスのところの生き残りが、AIでもなく怪獣でもなく自然の驚異にやられててさー」
「あー」
アインスの右手の曲剣が変形する。一瞬でマシンガンになる。鎧サイの両目に全弾を撃ち込む。
火器の反動を考慮していない、美しくない解答だ。そうとう訓練された個体でもあんな芸当はできないだろう。だが、これは出題も意地悪だな。
……なんて評価しながら、僕はチャルルンにさらに現状を聞こうとして、やめた。もう樽から直接飲んでいる。
しかたなく指を鳴らして手元に映像を表示した。情緒もへったくれもないが、今はそんなこと言っていられる状況ではない。早めに終わらせるべきだ。
なるほど。例の巨大怪獣が通った場所、瓦礫と化した地域で、野の獣に病気だったりに苦しんでる人間たちがいるな。そもそも生まれてから死ぬまでずっとAIに管理されるような文明レベルだから、サバイバルができる個体は希少なのだろう。
AIの暴走でAIから離れるまではできても、文明からも離れて生き残れるかは微妙だ。今は瓦礫から使えそうな物資を漁って生き延びている感じか。薬品や食料品、機材、その他もろもろ。瓦礫そのものも使えそうなら使っているな。
逞しくはあるが、拙い。そして自然はほとんど活用できていない。すでに少なくない数の死者が出ているようでもあり、なかなか凄惨だ。
「文明に頼りすぎた脆弱さを揶揄されたわけだ?」
「そうそう。ていうか、あの二人の世界って真逆でしょ? ベルディラットは普段からアインスの世界の人間を、野生がないとか自然の中じゃ生きられないって言ってたのよね」
「そんなこと言ってたのか。事実だけれど、あんまり聞いて気持ちのいい言葉じゃないな」
「アインスも気にしてたんだよね。ほら、今回のAIが暴走したのって資源の枯渇を計算しちゃったのが原因でしょ?」
ああ、あの千七百六十年後に資源がなくなるってやつ? それを予測したのが暴走の切っ掛けなら、原因と言えば原因か。
「アインスの世界は資源がなくなったら潰れちゃう。資源がなくなったらあの世界の人間は生きていけない。まだ猶予があるとはいえ、AIの暴走がなくても繁栄が時間制限つきなのは分かってた。でも、ベルディラットの世界はそういうのないじゃない?」
「資源を使い潰す知的生命体がいないからな。それでベルディラットの宇宙の方が正しいのかもしれないと思い悩んでいたわけだ。アインス、繊細だからな」
七つの宇宙の中で、ベルディラットの管理する世界は唯一人間がいない。文明のない星は急速な変化こそないが、大自然と弱肉強食の掟の元に安定している。
七つの宇宙の中で、アインスの管理する世界は最も文明が進んでいる。自然は完全に管理され、人の野生は理性によって野卑や野蛮に堕ちて倫理の檻に囚われた。
真逆であるからこそ無視できない。
「ベルディラットがアインスの世界にあの案を出したの、もしかして挑発のつもりだったとか?」
「そうかもねー。宇宙開発とかけっこう羨ましそうに見てたみたいだし、最初から喧嘩売ってたんじゃない?」
ロケットランチャーまで出した白髪の少年に対し、輝く獅子は嗤う。
「ニャハハ! しょせん愛玩動物は、飼い主の元を離れれば三日もたたず死ぬ運命ニャ。アインスの世界の人間はペットも同然ニャ!」
心臓部に十発の鉛玉がめり込む。
「文明って便利だニャ。便利すぎて怠惰になる。生きるのが簡単になりすぎる。だから、生き方すら忘れるんニャ。餌のとり方も分からないペットと同じだニャ」
剣で頭部が両断される。
「怠惰だから終わりが見えても対処しない。資源が尽きるのはどうせ自分たちが死んだ後だとタカをくくって、使い潰すことしか考えない。知恵を積み上げた世界のくせに、棲んでる人間たちは頭の使い方も分からないバカばかり。AIが暴走するのも頷けるニャァ。――どうせ切羽詰まったら資源の奪い合いの戦争しかしないからニャ。早めに数を減らしておくのが最適解ニャ」
赤い熊の爪が、白髪の少年に届く。
「どうせどの宇宙でも、人間はいずれ自業自得で自らを滅ぼすニャ。先駆者アインスのマネをしたせいでそうなるニャ――」
「ベルディラット」
僕は角の生えた獣に呼びかける。
「自分が正しかった、という証明がそんなに嬉しいか?」




