成功と失敗
別段、間に入って止めようとは思わなかった。アインスもベルディラットもこんなことで消滅したりはしない。そもそもベルディラットは本気で殺そうとはしていない。
僕らが喧嘩で消滅するとしたら、双方が本気で殺し合いしてるときだけだろう。仮初めの形を脱いで本性を曝け出すくらい全力で攻撃しなければ相手には届かない。なのにベルディラットは幻影で翻弄してるだけだ。
とはいえこれ以上はな。僕はみんなに仲良くしてもらいたいんだ。
「ベルディラットは人間を絶滅させたもんな。そりゃあ、人間を絶滅させなかった世界が気になるのは分かるよ」
立っているのが面倒くさいな。どうせこれ以上前に出る気はないんだ。座るか。あんま凝ったのを出す気分じゃないから……岩でいいや。
でっかいバナナみたいな岩を用意して、そこに腰を下ろす。チャルルンが酒樽を片手に、当たり前のように隣へ座ってきた。
「君は人間を滅ぼした。人間がもたらす変化があまりにも急速だったから、生命が生まれた星を守るためにそうした。僕ら七人の中で、君だけがその選択をした。――他の世界を観て、いろいろな分岐を観て、急速に発展し変化していく星を眺めて、自分の選択は正しかったのかという問いをいつも突きつけられているのは君だ」
「アハハハハ! なにそれ面倒くさそー」
チャルルンが笑い飛ばしながら樽から直接お酒をあおる。面倒とか、そういう浅い感情じゃないと思うけどな。まあ玩具にしてる彼女からすれば分からない感覚か。
人間を滅ぼしたのは一人。人間を繁栄させているのは六人。
数がいる、というのは強いものだ。少なくとも僕らは、そんな根本で思い悩みはしない。みんなもやっているのだから、間違っていたとしても痛みは六人で分かち合える。
「だが君の孤高の決断は、他の世界がすべて滅びて退廃しないと正しかったと証明されない。大変だよな」
気づけば、ベルディラットの姿は角の生えた茶虎猫に戻っていた。小さな身体でちょこんと白い床に座って、何事もなかったかのように顔を洗っている。
宇宙進出までして他の星の資源を発展の糧にするようになった世界には、ベルディラットの宇宙は勝てない。星の寿命が来ても人類の功績で生命が滅びず、宇宙に散らばり存続し続けるのなら……つまり人類の世界が星の外まで広がり長く続くならば、ベルディラットの判断は間違いだったと言える。
そして、アインスの世界はその手前まで行きかけていた。
「べつに大変なんかじゃないニャ。我の世界はすでに成功例だからニャ」
「たしかに」
それも真実だな。ベルディラットの世界は安定している。世界を滅ぼせるほど強力な生命体なんていないと言う意味で。
魔王や暴走AIなんか出現しようがない。弱肉強食の掟はあるが、強く増えすぎた種は餌が不足して数を減らすのが常だ。
人類がいない世界はそれだけで成功している。地表の全てを焼き尽くす兵器など開発しようがないのだから、続くことが約束されている。
僕はベルディラットの宇宙は好きだよ。安心する。観察していて気が楽だ。
「成功例? リスクを恐れて挑戦をやめただけでしょう」
渋い、しわがれた声。
白髪の老爺に戻ったアインスが、杖を突いて立ち上がる。当てつけのように文明的な杖だな。軽い金属製の、使わないときは短く収納できるタイプ。
彼は大理石の椅子の用意して腰を下ろす。どうやら落ち着いたようだ。
「ベルディラットの世界は失敗を恐れて現状維持を選んだだけで、なんの成功もしていません。挑んでないのだから成功も失敗もしていない。失敗したというデータすら収集できないのがあなたの世界でしょう?」
「挑戦? 遊び半分で自分たちと同じ姿になるような因子を埋め込んだだけなのに、よくそんな言葉が使えるニャァ。ただ自分勝手に本来の在り方を歪めただけニャ」
「あなただって最初はマネをしたはずだが?」
「それは確かに。だから間違いを認めるニャ。因子を埋め込んだのは失敗だった、と。これでいいかニャ?」
白髪の老爺と、角の生えた茶虎猫の距離は近い。いつでも手が出せる。一触即発、というやりとりだ。
やれやれ、どうしたもんかな。
「おーい、なに座ってるのー? 面白くないわよー。もっと闘りあえー!」
僕の隣から無責任な声援が飛んだ。この酒飲み女はこんなときでも楽しさ至上主義だな。しかも趣味が悪い。
そんな声を聴いて、アインスの眉根にシワが寄る。……まあそうだよな。ガチでキレてるのを見世物になんかされたくないよな。
彼は息を吸う。そして、ゆっくりと吐いた。ベルディラットへと向き直る。
「いいえ。あなたが人類を滅ぼしたのは失敗でした。他の五つの宇宙はそれを証明するし、少しだけ遅れて私の宇宙もそれに続くでしょう。……私の世界の人類は滅びませんよ。あなたの大怪獣のおかげでね」




