干渉しない覚悟
「天災、疫病、飢饉、強大な外敵。もちろん、戦争とかもね。人類には様々な危機が降りかかる」
革張りの椅子に座った白い少女が手を挙げ、人差し指を立てる。空間にいくつかの映像が浮かび上がる。どれも人が死んだり、苦しんでいるものだ。
「ボクたちは生命に、ボクたちと同じ形になる因子を与えて、待ち望んだ。ずっとね。原初の細胞から人類誕生までは、宇宙創造から生命発見までと比べたらほんのわずかな時間だったけれど、とても長く感じたものだ。それまでは現在の観測しかしていなかったのに、未来への期待をしたからだろうね」
「それは分かるな。僕もそうだ。人間の出現が待ち遠しかったよ」
「だからこそ、人類が苦しそうなところを見たら、思わず手を差し伸べたくなるものだ。ボクも含めてね。なんなら危機とかじゃなくたって、特別扱いして生きやすいような能力や環境を与えたくなってしまう。あるいは、苦しんでいるところを見たくなくて過程を飛ばし結果を見ようとしてしまう。あるいは心が耐えられなくて滅ぼしてしまったところもあるね」
浮かんだ映像が変わっていく。僕が管理する宇宙以外の光景が流れていく。
「ボクたちはボクたちと同じ姿をした人類を愛しすぎている。だから贔屓してしまう。……その結果、歪みを発生させて不測の事態を起こしているのは皮肉だけれどね」
映像が消えた。白いワンピースの少女が手を下ろし、革張りの椅子の肘掛けに腕を置く。
赤い目がこちらをまっすぐに見る。
「でもゲイン。君は徹底的に人類に干渉しない」
「そういう方針だからな」
「そして素晴らしいことに、君の宇宙の人類はちゃんと繁栄している」
赤い目が閉じられる。ファルムは悔しそうで、そして満足げな顔をしていた。
「人類はボクたちの干渉などなくても生き残っていく。君はそう信じ、君の宇宙の人類はそれに応えたんだ。ボクはそれを素晴らしいと思うし、その関係性を嫉妬すらしているよ」
「どうだろうな。今回のアインスの世界みたいに滅亡秒読みくらいな案件があったら、さすがに干渉してそうだけれど」
「フフフ、かもしれないね。でも、そこまでいかないと動かないのは覚悟だよ」
まあ、面白いからって理由で普段から干渉しているような奴らと比べればマトモな運営と言えるだろうか。いや、なんにもしてないだけだから詭弁だな。
「僕の方針が覚悟かどうかはともかくとして。僕は僕のやり方が正しいだなんて思ってはいない。無干渉の一例として基準になればいいってだけだ。……むしろ、最終的には僕の宇宙が最も劣ることになるのが理想だな」
「? それはなぜ?」
「基準だからだろ? 普段から干渉しているのに僕の世界より悪くなったら、それはそいつの運営の仕方が悪いってことだ」
閉じていた瞼を開けてパチクリとまばたきするファルムに、僕は説明する。
実際、そうなると思う。先の会議では僕はなんにもできなかったからな。自分の候補を立てることすらできなかったほどだ。あれは正直、自分の経験値のなさを痛感した。……けど逆に言えば、みんなはそれだけの経験を積んでいるってことである。
まあ経験を積んだところで、彼らがファルムの思うような正しい使い方をするかといえば疑問しかないが。
「みんなも今は好き勝手やってるけど、それは全部いい経験になるしデータにもなるだろ。これから先の運営の糧になるはずだ。でも僕の世界は手を加えないから置いてかれるって寸法だ」
「手を加えないより、効率的に手を加える方が良くなる。まあ、そうだね。それでも君の世界の価値が落ちるとは思わないが……」
「僕は、ファルムの世界が一番先にそうなると思ってるよ」
それは本心だった。
彼女は他の者たちよりも明確に、世界をよりよい方向へと導こうと運営している。この部屋にずらっと並ぶ本棚に収められたデータ量がその証拠だ。彼女の運営に役立てているのだろうが、これほどのデータを集めて整理するなんて他の誰もやっていない。
「できれば他の五人にも情報共有してやってほしいと思ってるくらいだ。どうやったらいい方向にいくのか、失敗するのか、失敗した後にどう対処するべきなのか。君は全部データにまとめてるだろ?」
「ボクの世界だけじゃなく、他の世界も含めてね」
マジか。相当な労力だぞそれ。
「でも気は進まないな。奴らに渡しても悪用される気しかしない」
「あり得るかもだが、アイツらだって世界の危機には慌てふためく。実際アインスもエマもそうだったしな。人間を滅ぼしたベルディラットはともかく、チャルルンだってそうなると思う。基本的には有効活用するだろ」
「楽観的だね。ただ、正しく活用しようとしてもできるって保証はないよ。だってボクだって世界運営が上手くいってるとは言い切れない。歪みの問題もあるしね」
ファルムの世界は僕は良く見る。人類が住みやすく、生きやすくするような世界だ。
土地は豊饒な状態を維持し、天変地異は控えめに、気候のブレも少なく外敵は少ない。彼女の管理する世界で人々は平和に繁栄していく……ハズだった。
どれだけ手厚くしても人類は人類同士で戦い合うものだ。人類にできることを増やそうと、エマのマネして魔法の元であるマナってエネルギーに似たのを追加したのも、不測の事態が増える原因となった。
あとは……あれか。ステータス閲覧。
「正直に言って、歪みの蓄積はボクの世界もかなりのものでね。しばらくはデータ集めに専念しておきたいという現状だ。君の期待に添えるような状態ではないよ」
データ集めはファルムの趣味でもある。ステータス閲覧はその情報の一部、個体の情報を数値化したものを見ることができるシステムだ。
だがそのシステムのおかげで数値だけ良くて性格の悪い者が上に立ったり、優性遺伝信仰が生まれたりしている。王家の後継ぎの数値が低かったらクーデターが起きたりな。
人類に優しい運営をしても、問題がなくなるわけではない。むしろ複雑になってしまうものだ。僕の世界も最近は科学技術の発展でだいぶん生きやすくなったはずだが、平和は遠いからな。ファルムもずいぶん頭を悩ませていそうだ。
「たしかに、君でも上手く扱えないデータをアイツらが有効活用できる可能性は薄いけれどさ。今回のアインスとエマの案件は君も他人事じゃないだろ?」
「ボクの世界もああいう危機が訪れるかもしれない、という意味ではその通りだね。貴重なデータを取らせてもらってるという意味でもそうだ。否定できないね」
「できれば助けてやってくれないか?」
僕の頼みに、ファルムは大きく息を吐く。
「創世のゲインの頼みなら、無視はできないね。とはいえ頭の痛くなりそうな会議には参加しないよ。データとアイディアを君に渡すから、好きに使ってくれ」




