第7話・ヒーロー誕生
星が綺麗だった。
雲は少なく、月は明るい。
リアムは、世界を正す為に動き出した。
行き先は、嘘を生産している元凶――欺瞞の聖地ハリウッドだ。
夜の空気は思ったより冷たく、速度を上げる度に風が肌を刺した。
腕に巻いたプロテクターが軋み、胸のあたりが微かに圧迫されて落ち着かない。
――もっとちゃんとした装備を買うべきだったな。
一瞬、そんな考えがよぎる。
*
リアムは、とあるバイク専門店を訪れていた。目的は装備の調達だ。
モトクロス用のチェストプロテクターを物色していると、突然、後ろから声をかけられた。
「カッコいいだろ?」
驚いて振り返るリアム。
一瞬、自分を知る人物に見つかってしまったのではないかという、恐怖。
大柄な男は、リアムのそんな心情は知らずに、白い歯を見せたまま商品を薦める。
「コイツは最新モデル、以前より頑丈だぜ? 鏡はあっちだ」
そう言って台座に固定されていた商品を外し、リアムに手渡す。
リアムはそれを、おそるおそる受け取ると、促されるまま鏡の前に進み、プロテクターを胸にあてた。
鏡に映った自分は、どことなく滑稽に見えた。
変装のために短く丸めた頭、目元には不格好なサングラス。どこかの大物YouTuberがかけていそうなサングラスだった。
リアムがプロテクタ―のバックルを留めると、男はストラップを力強く締め上げた。
「どうだ?苦しくないか?そのままライディングの姿勢をとってみろ」
リアムは、言われるままにバイクに跨るように腰を落とす。
すると男は笑顔で続けた。
「いい感じだ。これなら木に突っ込んでも死なないぜ」
そう言いながら、男は胸のシェル部分を軽く「コン、コン」と拳で小突く。
その態度を見てリアムは安堵した。この男は自分の事を知らない。
「他に欲しいものはあるか?」
そう訊く男に、リアムは事前に作っておいたリストを見せた。
頭のヘルメットから足元のブーツ。その全てを、赤を基調としたデザインで統一した。赤はリアムにとってのヒーローを象徴する色でもあった。
*
予算の都合があったとはいえ、もっといいモノを選んでおけば、ずっと快適だったかもしれない。
流れる景色の中で、そう思い返していると、ハリウッドの街の光が遠くに見え始める。
襲撃場所は既に決めてある。
事前にネットで調べた情報を頭の中で反芻する。
――まずは、あそこだ。
ニューヨークを再現した街並み。
その撮影スタジオでは、夜間の撮影が今まさに行われている最中だった。
アクション映画には欠かせない派手なシーン。現実では不可能なアクションを、特殊なワイヤーを使って撮影していた。
ワイヤーが外され、俳優が立ち上がり、何事もなかったかのように、次の指示が飛ぶ。
それを見て、リア厶はスピードを上げつつ急降下した。
着地と同時に、その衝撃で地面の表層は砕け飛び、近くの人や撮影機材にぶつかり乾いた音を立てた。
どよめきが走る。
何が起きたのか、まるで分からない。そんな様子。
だが、リアムはそれには目もくれずに、近くでメガホンを持っていた男に歩み寄り、一撃を加える。もはや躊躇いはない。
男は膝から崩れ落ち、うずくまる。
リアムはその男を力任せに引き起こし、胸ぐらを掴み、言い放った。
「嘘を作っているのはどこだ!」
痛みに耐え、閉口する男。周囲の人々も同様に沈黙していた。
そんな様子に苛立ったリアムは、さらに続ける。
「こんな嘘をどこで作ってるかと聞いているんだ!」
その意味を理解したのかしていないのか、男は咄嗟に少し離れた建物を指差す。
リアムは男から手を離し、開放された男はそのまま地面に落ちた。
それを見届けるまでもなく、彼は示された方角へ向けて勢いよく飛んだ。
ポストプロダクション棟。通称ポスプロ棟。
昼夜問わず、一本の映画を作るために最新鋭の機材を使って、映像や音に命を吹き込んでいく。
光や音を完全にコントロールすべく、窓は一つも無い。映像制作の要塞だ。
リアムは、ここが嘘の根源だと判断した瞬間、入口に向かうのではなく、宙へと浮いた。
窓一つない壁に向かって、拳に力を込める。
《ドゴォォオン!!》
分厚い壁に大きな穴が空き、粉塵が舞い上がった。
その中に足を踏み入れるリアム。
何基もの巨大な機械が整然と立ち並び、それらが発する熱と、それを冷やす冷房の音が轟と響いている。
サーバールームだ。
「全部壊してやる」
そう呟いて、自身の力を解放するリアム。
巨大なサーバー群は瞬く間に粉々になり、建物中に非常ベルが鳴り響く。
警報を聞いて駆け付けた警備員を蹴散らし、リアムは部屋を後にした。
やがて、『立ち入り禁止』と書かれた部屋の前にたどり着いたリアム。
扉は開いている。
近づき、中を確認すると、そこは映画館のように暗い部屋だった。
窓はなく、照明も消えている。
まるでこの闇の中に何か隠したいものがある――。
そんな風にリアムは感じた。
たくさんのパソコンとモニター。その光だけが部屋を照らしていた。
モニターには、作業途中と思われる編集画面や作りかけの映像がループ再生されている。
リアムは一番近くに居た男に詰め寄り、低い声で質問した。
「ここで何を作っていた?」
問われた男は、震えながら答える。
「こ、ここは、映像編集をする場所だよ。た、たぶん君の目的はここじゃないと思うけど……」
震えながら答える男にリアムは返す。
「いや、ここで間違いない」
男の胸ぐらを掴み、モニターの並んだデスクに向かって投げ飛ばす。
「罪を償え」
男はモニターを壊しながらデスクに転がり、そのまま地面に落ちた。
悲鳴が上がる。
逃げ出す人々を横目に、リアムは部屋にある機械を全て破壊していく。
一つ壊す度に、胸の奥が軽くなる気がした。
――これは正義だ。
部屋中の機械という機械を全て壊したリアムは、言い知れぬ高揚感に満たされていた。
「ねえリアム、次はどうするの?」
どこからか少女の声が聞こえた。
「次は、編集スタジオの集まる地区さ。あそこを叩く」
そう呟き、伝統的な映画スタジオの襲撃を終えたリアムは、その場を後にした。
*
ハリウッドは赤く燃えていた。
リアムは、壊して回ったいくつものスタジオを眼下にして、達成感を感じていた。
ビルが燃え、黒煙が立ち昇り、その煙が喉を刺激し、目が痛む。
上昇気流と共に上がってきた熱が暑い。
リアムはヘルメットを脱ぎ捨てた。
もう顔を隠す必要はない。そう思った。
火照った顔に、夜風がやけに気持ち良かった。
鳴り響くサイレンの音。大勢の人の声。
怒号や悲鳴や嗚咽、様々な声が遠くで聞こえた。
しかし、今のリアムにとって、それらは心地いい音だった。
嘘を作っていた奴らが報いを受けている。
そんな風にリアムは感じていた。
身にまとったスーツは所々赤く染まり、それが基の色と同化していっそう紅く、輝いて見える。
舞い上がった火の粉がそこに触れ、そして消えた。
――これでいい。
「これが本当の正義。世界は正しくなるのよ」
少女の声が背後から聞こえる。
「あなたには特別な力がある。世界を正せる力が」
リアムは振り返ることなく、その声に答えた。
「そう。本当の正義は、これからだ……」
その言葉は、燃え盛る赤い夜空に溶けていった。
次で最後です。




