第6話・孤独な正義
※マーサスは架空の都市です
『昨日、マーサス市中心部で、ビルから女性が転落し死亡する事故がありました。警察によりますと、亡くなったのはマーサス市に住むエマ・ハートさん(17)で、市内の高校に通っていたという事です――』
机の上にあるスマートフォンからニュースが流れてきた。
『事故があったのは、市の中心部にある22階建てのビルで、屋上から転落したものとみられています。現場には当時、複数の通行人が居合わせており、一部の目撃者からは、事故の際に現場に別の人物がいたとする証言も出ています』
窓には壊れたブラインドが下りており、その割れた隙間からは茜色の光が埃っぽい部屋に差し込んでいる。
リアムは古いソファに深く腰を落とし、身を預けたまま動かなかった。
窓の向こうには、採掘を終えた岩肌が、鉛色の雲と西日の間で鈍く色を変えていた。
『インターネット上では、事故現場で通常では考えられない光景を見たとする書き込みも相次いでいますが、警察は事実関係について確認できていないとしています――』
壁際には使われなくなった事務机。貼りっぱなしの工程表は、陽に焼けて色褪せている。
何度も訪れた、廃墟となった採掘場――かつて事務所として使われていた建物にリアムは居た。
彼は、自分の震える手を見つめていた。
SNSでは自分の実名と顔写真が「無知な殺人者」「未知の怪物」などとして拡散されている。
それに対し、罵倒や蔑み、恐怖や不安、様々な言葉が嵐のように吹き荒れていた。
「……どうして、みんな俺を責めるんだ?」
ポツリと声が漏れた。
脳裏に浮かぶのは、あの時の光景。
落ちる少女、助ける自分――。
リアムは映画で観た通りに「完璧な救出」を試みたはずだった。
――映画じゃ、笑顔で助かったじゃないか。あのシーンだってそうだ。落ちてくるヒロインを地面すれすれでキャッチしても、二人は笑い合っていたじゃないか。
リアムは壁に貼られた、色褪せ、ボロボロになったヒーロー映画のポスターを睨み付ける。
「俺は、教わった通りにやった。君たちが教えてくれた『正義の行い』を。一挙手一投足、違わずに!」
問いかけるように言い放つリアム。当然、彼に答える声はない。
「……俺は真面目な生徒だった。それなのに、どうして、彼女の体はあんなにも――」
怒りが込み上げてくる。それは自分への怒りではなく「嘘の法則」を自分に刷り込んだ、世界への怒りだ。
リアムは気付いたのだ。自分の信じていた現実は真実ではなかったのだと。
現実の人間は脆く、映画のように出来てはいないのだと。
リアムはポスターを睨んだまま立ち上がり、声を荒げる。
「悪いのは俺じゃない。嘘をついたお前たちだ。スクリーンの中で、何度も『人は簡単には死なない』と見せ付け、俺を洗脳した。あんなに鮮やかに、あんなにリアルに、何度も、何度も、何度も!」
ふぅ、と大きく息を吐き、静かな動作で再びソファに腰を下ろす。
「それなのに、あれが現実じゃないなんて……。そんなの、詐欺じゃないか」
暗くなってきた部屋の中で、ひとり毒を吐き続けるリアム。
茜色の光が届かぬ四隅からは、じわじわと闇が溶け始めていた。
スマートフォンからは変わらず、あの事件の報道が流れてくる。
『驚いて……まだ信じられません。あのエマが、死んじゃったなんて……』
顔を隠された若い女性の嗚咽交じりの声が、画面から聞こえてきた。
画面が切り替わり、微笑む少女の写真が大きく映された。
まだ、あどけなさが残るブロンド髪の少女。テロップには「エマ・ハートさん17歳」と書かれている。
「エマ……助けられなくてごめん」
リアムは震える声で謝罪した。
その時、
「いいのよ。リアム」
少女の声が応える。
ハッとして、後ろを振り返るリアム。
目を凝らすと、そこにはブロンド髪の少女の姿があった。
まだ、あどけなさの残る少女。
「エマ……」
「なあに? リアム」
少女は静かに応えた。
「君は、俺を許してくれるのか?」
「ええ、もちろん。だってあなたは私を助けようとしてくれたじゃない」
「でも、俺は結局、君を救えなかった」
「そんなことないわ。それに、あなたが悪いわけじゃない。違う?」
「え?」
「誰も教えてくれなかったでしょ?」
昨日からリアムはずっと思っていた。なぜ誰も教えてくれなかったのかと。
沈黙するリアムに少女は答えた。
「だってそうでしょ? 学校では難しい事は教えるくせに、どうして『映画のように助かりません』と教えてくれなかったの? 『力を持っても、映画通りに人は救えません』となぜ教科書に書いてないの?」
その通りだ。教えてくれてたらやらなかった。
あの時、危険を冒してまで人前で力を使わなかった。
「その力も、使い方も誰も教えてくれなかったじゃない。選ばれたのに」
リアムは、過去に観た映画のワンシーンに自分を重ね合わせていた。
右も左も分からずに戦闘に駆り出され、何も出来ず、結局はヒーローに助け出されるだけの少年の姿を。
「ははっ。俺は、武器の使い方も教わらずに戦場に放り出された新兵と一緒だな」
少女がくすりと笑った気がした。
「だからあなたは悪くないわ。あなたは騙されただけ。責める奴らがどうかしてる」
「俺はどうしたらいい?」
「あなたはどうしたいの?」
リアムは言葉を考えた。
嘘で塗り固められたものが、まるで真実として語られるのが許せなかった。
それが世界中に蔓延るのが許せなかった。
それを誰も止めようとせず、信じた自分を責める世界が許せなかった。
「君を助けられなかったのが許せない」
――俺が救えなかったこの命、その責任は俺じゃない。
「欺瞞に満ちた、この世界を許さない」
彼は暗闇の中からようやく「納得」という「光」を見つけ、深く息を吐いた。
やけに心地良い気分だった。
次回の更新は2月21日(土)14時頃の予定です。




