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マテリアル・コネクト~デカ女と少年の異質狩りの日々~  作者: あまみや
幕間「少年とお姉さんの生活スタート」
14/17

14.お姉さんといっしょ

 まことしやかに(ささや)かれる(うわさ)がある。


 東京ドームの地下深く……そこには〈地上最強の男〉の称号を求める格闘士(グラップラー)たちが集う闘技場が存在するッッッ


 ……そんな都市伝説を語る者たちの間で、もうひとつ噂になっていることがある。


 地下深くのさらに地下――、闘技場の歓声すらも届かない底の底に、〈超常的なアイテムを扱う機関〉があるということ。


 闘技場の話に便乗しました、といった雰囲気の、取ってつけたような突飛(とっぴ)な噂。前者ですら真偽不明なのに、機関だなんて信じる者は皆無(かいむ)に近い。


 どこまで行っても、都市伝説はやはり都市伝説。それが表の世界の結論だ。


「でもこういう噂って、実は両方真実でしたってのがセオリーだよな」


 通常の入り口からではたどり着けない場所にあるエレベーターに乗って、緑青子たちは移動する。

 下に向かっているはずなのに、感じる慣性は上下左右と様々。この〈表示と体感が一致しないエレベーター〉に、少年とおばちゃんは戸惑いっぱなしだ。唯一平気なのは、少年の周りをくるくる飛んでいるタコ、〈クーちゃん〉だけ。


 そんな彼らをよそに、緑青子とセシルはインカム越しにおしゃべりを続ける。


『ミオちゃんみたいな体格の人がここにいたら、闘技場の話も信憑(しんぴょう)性たっぷりね』

「多様性の時代だし、〈地上最強トーナメント女子の部〉があってもおかしくないよね」


 そんなのあるわけないか、と彼女たちは笑う。闘技場だとか格闘士だとか、それはやはり噂話に過ぎない。


 だがひとつ、証言(いえ)ることがある。


 東京ドームにまつわる都市伝説、それらを隠れ(みの)に、〈対異質特務機関コネクト〉は実在するッッッ



 〜〜〜〜〜



 長い長い移動を経て、エレベーターのドアが開く。


「おかえり、ミオちゃん」

「ただいま」

「それと、初めまして。武装鎮圧(ぶそうちんあつ)部部長、セシル・秋巳(あきみ)・フォンテーヌです。うちの職員がお世話になりました」


 市役所のような雰囲気のメインホール、セシルはそこで緑青子たちの帰りを待ってくれていた。


 おばちゃんと少年は、緑青子の上司と聞いて、どんないかつい人間が出てくるのかと不安だったので、おっとりした眼鏡の美人さんの登場に心底驚いた。


「こちらこそお世話に……。あっ、山田ですぅ」

「……僕は、えっと……」

「今は御子くんって呼んでもいいかしら」

「……はい、じゃあそれで……」


 名前らしい名前がない。今までそれに不便を感じたことはなかったが、それは寂しいことだったのだと、少年は気づいた。


「少年の名前、考えた方がいいかもな」

「そうね、ミオちゃんミコくんじゃちょっと紛らわしいし」

「その時はアタシが名付け親に」

「ダメ、ミオちゃんセンスゼロだもん」


 一触即発の空気を放つ女2人から距離を取りつつ、少年は周りを見渡した。古炭久村とはまったく違う、きっちりした雰囲気。一般人からすれば何の面白みもない、お役所じみた場所。それが少年にとっては新鮮だった。


「あの、お姉さん」

「なんだ? 少年」「なぁに? 御子くん」


 お姉さんという呼び方が悪かった。緑青子もセシルも、自分が呼ばれたと思って少年を見た。


「今のはこっちに……」


 少年の手はセシルを示していた。

 勝ち誇った顔をしてみせるセシルに、緑青子は本気の舌打ちをした。


「その……()()()()()、ここはどういう場所なんですか?」

「ミオちゃんからある程度聞いたと思うけど、コネクトは世界中にある〈変わったもの〉を管理する場所です。君や……そこのクーちゃんみたいな」


 少年の肩に乗っていた推定クトゥルフ、クーちゃんは〈管理〉という言葉に反応したのか、立ちはだかるようにセシルの前に飛び出し、触手をバッと横に広げた。


「安全と判断されたものなら、無理に閉じ込めたりはしません。だから安心して。御子くんたちのことはすでに話を通してあるわ」

「もう? 早くね? 検査とかしなくていいの?」

「なにかあったらミオちゃんが全責任を取るってことにしたらイケたわ」

「……もしかしてアタシ上層部に嫌われてる? アタシをクビにするチャンスとか思われてないだろうなそれ」


 セシルはにっこり微笑むだけだった。


「そんなスゴイところの割に……なんか普通ねえ、ここ」


 黙ってしまった緑青子に変わり、おばちゃんが言葉を継ぐ。


「万が一、一般の方が迷い込んでしまった時のために、この階だけは普通の作りにしてあるんです」

「へぇ~、それで役場みたいな……」

「実際、役所としての機能も持っています。たとえば、あの窓口に行けば住民票とか取れますよ。これもカムフラージュの一種ですね」

「特務機関つっても公的機関だからな、国からのバックアップがあんの。それにたまーに()の求人出したりもするし、パッと見はまともな場所にしとくと方が都合いいんだよ」


 説明を聞いておばちゃんは納得し、少年は目を輝かせた。


「裏の組織って感じで……カッコイイ! セシルさんもお姉さんも、ここで働いてるんだね!」

「見直してくれて嬉しいよ少年。それに〈セシルさん〉と〈お姉さん〉の使い分けがスゲー良い」


 緑青子はフンッと鼻息を吹かせ、セシルは眼鏡を外して本気で(にら)んだ。


「とにかく、説明は以上! 詳しいことはまた次回。あ、そうだ、クーちゃんは後で検査を受けてもらいます。それじゃ、みんな疲れてるだろうし、もう休んで」

「そうだな。車ん中でちょっと寝たけど、やっぱ眠いわ」


 ホールを進み、さらに下へ続くエレベーターに乗る。この辺りから、建物の様相は一般的なものから研究施設のようなものへ姿を変える。

 向かう先は居住区。機関の中には生活スペースも完備されており、職員の中には一年のほとんどをここで過ごす者もいる。


「山田さんはこちらへ」

「はいはい」


 セシルは新たに割り当てられた部屋へ、おばちゃんを案内する。


「少年は?」

「しばらくはミオちゃんの部屋にいてもらうわ」

「マジすか」

「ひとりにするのはまだ早いってことになってね。基本は武装鎮圧部で預かるの。御子くんには悪いけど、拒否はできないから」

「ううん、嬉しい……です! えへへ、お姉さんといっしょ!」


 下心なしの「嬉しい」は、セシルから見ても破壊力があった。


「ただし、どうしてもと言うなら私の部屋でも……」

「やめとけ、こいつの部屋死ぬほど汚ねえから。平気で下着とか転がってるぞ」


 それにはセシルも反論できず、結局緑青子が預かることになった。


 自室のドアの前に立ち、緑青子は小さなモニターに顔を近づける。


「いつも思うんだけど、これって配慮(はいりょ)がなってないよなぁ。カメラが低い位置にあるから、顔認証のたびに腰痛めんだよ」


 言っても仕方がないのはわかっているが、文句のひとつも言いたくなるというもの。そんな緑青子を気に留めることもなく、ドアはシューッと静かな音を立てて横に開く。


「あっ、クーちゃん」

「おい何やってんだ」


 ドアが開いた瞬間、クトゥルフが真っ先に部屋に入っていった。部屋全体を飛び回り、まんべんなく中を確認した後、少年のところに戻ってきて、触手の先を器用に曲げてグッと親指(?)を立てた。


「安全、だって」

「こいつ……やけに少年に(なつ)いてんな」


 頭をぶつけないように(かが)みながら、自室へ入る。物は少ないが殺風景ではない、落ち着く部屋だ。

 緑青子の部屋とセシルの部屋をそれぞれ見せて、「どっちが誰の部屋か?」というクイズを出した時、ほとんどの解答者は不正解になる。


「しばらくはアタシと共同生活だな。よろしく、少年」

「よろしくお願いします」


 少年はぺこりと頭を下げる。どこかひんやりした印象を抱かせる緑青子の部屋だが、少年がいると、不思議と温かさを感じさせる。


「じゃ、アタシはかばん返してくるから、ここで待ってて」


 少年とクトゥルフを残し、緑青子は一度部屋を出る。


 ドアが閉まると同時に、緑青子の脳内で「男の子と一緒」という文字が、一気に渦巻いた。


「どうしよ……部屋に男入れたのなんて初めてなんだけど。まああの子、男って言うよりは少年なんだけど。いやでも……」


 今更になって湧いてきたピュアな感情、それを振り払うように、緑青子はエレベーターに乗り込んだ。



 〜〜〜〜〜



「おはようございます、三原色(トリクロマ)さん」

「なんか……ちゃんとコードネームで呼ばれるって逆に新鮮」


 マテリアルの保管庫では、出発時とは別の担当者が警備をしていた。最初の担当と違い、彼は丁寧な対応でマテリアル88の扉を開け、静かにかばんを受け取って、キッチリと台の上に置いた。

 同じ警備担当でこうも違うものか、と緑青子は感心した。


「部長さんはいらしてないんですか?」

「そういうとこは同じなんだな……。アタシだけだよ」

「そうですか、残念」

「そんなハッキリ言う?」


 やっぱりこんな組織で働く奴はクセが強いな、と思いながら保管庫を去る。かばんの重さから解放された手は妙に物足りなくて、緑青子は拳を握ったり開いたりしながら通路を歩いた。


「あらミオちゃん、誰か殴りに行くの?」

「拳を確かめてるわけじゃねえよ。セシル、おばちゃんは大丈夫そ?」


 居住区まで戻ってきたところで、おばちゃんを部屋まで送ってきたセシルとすれ違った。


「ええ、問題ないわ。山田さん、さっそくお隣さんに挨拶してたわよ」

「すごいな、さすがおばちゃん」


 こんな怪しい組織に来ても警戒心ゼロなおばちゃんに尊敬の念を覚えつつ、2人は笑う。


 そして緑青子が部屋に戻ろうとすると、セシルが資料を渡してきた。


「そうだミオちゃん、これ、現段階でのダゴンと球体のレポート」

「ああ、サンキュ」


 緑青子たちが帰還する前、先に戻ってきていた回収班は、さっそくマテリアルを調査班に渡し、緑青子が集めた情報と合わせて分析を始めていた。


 ――マテリアル1088、ダゴン

 臭気が漏れないよう密閉したケースに入れて収容すること。

 現在のダゴンは生きているとも死んでいるとも言えない状態である。再活性の可能性を考慮しておくこと。

 元は推定4~5mの巨大な人型をしていたが、現在は直径40cmほどの黒い肉塊になっている。

 欠片(肉片と推定される)を大量に摂取した者は身体が変異し、手足は魚のヒレ状、頭部はタコのようになる。変異後の人間は言語能力が失われるが、変異体同士や欠片の摂取者との意思疎通は可能。

 また、変異体たちを統率していた星守辰並は通常の人間の姿を維持していた。おそらく〈支配種〉となる特別な個体を用意するシステムがあると思われる。

 欠片には強い中毒性があるようだが、依存度には個人差が見られる。

 いわゆる〈クトゥルフ神話〉との関係性は不明――。


 ――マテリアル1089、空間球(アトモスフィア)

 マテリアル1088が所持していた球体。

 空間を変異させ、結界や異空間を生成可能。空間を(つな)げることによる疑似的なテレポートも行える。

 空間の生成条件は不明。1088所有時の状態を可能な限り再現するため、海洋深層水で満たした30cm四方の水槽の中に収容し加圧することを検討中。

 職員から「生成した空間を無限のごみ箱として使えないか」との提案があったが、当然却下された。職員は安全が確保されていないマテリアルを勝手に使用しないこと――。


「セシル、ちょっといい?」

「話変わるけどミオちゃん、ラヴクラフトが書いた〈インスマスの影〉はね、最後に主人公のルーツがインスマス村にあったことが判明して終わるの。主人公も魚人たちの仲間だった、ってね。まさかとは思うけど……」

「アタシは違うよ! それよりごみ箱の提案したのセシルだよね?」

「ふぁ~あ、夜通し仕事してたからさすがに眠いわね。もう朝だけどおやすみ、ミオちゃん」


 おっとりした雰囲気には似合わない、憎たらしい笑みを浮かべて、セシルは去っていった。


 ポツンと残された緑青子は、仕方なく自室へ戻る。


 緑青子の自室は、どこぞの金髪眼鏡のものと違って、入っただけで〈清潔〉の二文字を感じ取ることができた。


「自分の部屋くらい自分で片づけろよな~」


 危うく職権濫用(らんよう)しそうになっていた部長に呆れつつ、ベッドを見やる。


 緑青子の体格に合わせたロングサイズのベッド、そこには静かに寝息を立てる少年がいた。

 緑青子と一緒に寝る前提なのか、彼はベッドの(はし)の方に寄り、抱き枕のようにしてクーちゃんを胸に抱いていた。


「え、かわいっ」


 思わず漏れた声。

 緑青子の想定としては、この後〈部屋に男女2人〉というシチュエーションに一通りもだえるはずだったのだが、気づけば緑青子は少年の隣で寝ていた。


 なかなかどうして、この状況だとあの奇妙なメンダコもかわいく見えてくる。


 少年とクーちゃんのほっぺを交互にプニプニしながら、緑青子は柔らかな眠りについた。

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