13.僕も一緒に連れて行って
道すがら、緑青子は田村に問う。
「そういや、田村さんは一度生還してますよね、それがなんでまたここに?」
「それなー、自分でもあの村のことは早よ忘れな思てたんやけど、無性にあの魚が食べたくなってな? 気づいたらここや。姉ちゃんも食べた? ウマいよなあの魚」
あの魚とは、やはりゴンダのことだろう。あれを一度食べてしまったが最後、どこにいようとダゴンの眠るこの村へ引き寄せられるということだ。
緑青子は改めて少年に感謝した。
「で、葉山凛。お前は父親のやってることを知ってたのか?」
「はい……でもっ! パパに出会って救われたって言う人はいっぱいいるんです! たとえば」
「あー、その話はいいや。首突っ込むと面倒なことになりそうだからな。アタシが関わるのは今回の件だけ。オッケー?」
カルト教団なんざ関わりたくない、と緑青子はツバを吐く。加害者の断罪も、被害者の救済も、緑青子が立ち入るべきことではなかった。
それきり葉山は黙ったままだったが、縄で縛られ調査員に監視されている父親の姿を発見した途端、涙を流して走り出した。
「パパ!」
「凛!? 凛か!?」
感動の再会といきたいところだが、緑青子にとってそれは優先事項ではない。
「星守辰並、話、いいかな」
「……ええ」
最初に会った時と同じように、彼は緑青子との話に応じてくれた。
「まず聞きたいんだけどさ、〈ゴンダ〉ってなに?」
「それはつまり、ダゴンの欠片――」
「アタシは〈センス〉の話をしてんの。ゴンダって名づけたのお前か? ダゴンをもじってゴンダか?」
割り込まれた星守は嫌な顔ひとつせず、静かに答えた。
「いいえ、ダゴンの名が伝わる過程で、村人たちの間で訛ってそうなりました」
「よしよし、それでいい。いいよ……じゃあ〈古炭久〉ってのはどういうことだ!? コズミック秘密教団から取ってんだろそれよォ~~~~! それっぽい当て字まで用意しやがって、何考えてんだよクソッ」
緑青子はいきなりキレた。
「古炭久ホラーはコズミックホラーでしたって? センスがオヤジくせーんだよ、名前に〈赤緑青〉があるから〈三原色〉って付けるのと同じくらい安直ッ」
セシルは管制室で冷徹な表情をしていた。この女、勢いに任せてコードネームを明かしやがった。
少々、灸をすえる必要がある。
「いやごめん星守さんよ……ちょっと名づけに関して一家言あって……」
『アルキュミア・ラウム!』
「なに? 何が言いてえ……」
『ヨルムンガンド、起動ー!』
セシルの処置は効果てきめん。
遠回しな「お前のセンスも大概だろ」という声に、緑青子は真っ赤になってプルプル震えた。
葉山と星守から見れば、緑青子はいきなりキレたかと思えば一人でブツブツしゃべって、さらにブチ切れそうになっている異常者だった。
「あの、大丈夫ですか?」
「もし心にお悩みを抱えているのであれば、ぜひ私にお話しください。この宇宙はきっとあなたをも受け入れ――」
「うっとおしい! 抱き合って親子の再会やってろ! ……いやその前に聞きたいことがある」
緑青子は急に落ち着いて、星守に向き直った。感情の乱高下に、星守は初めてダゴンを前にした時と同じレベルの恐怖を感じていた。
「アンタ、ゴンダを食ってからの記憶あるか? 村の人たちはその辺の記憶飛んでるっぽいんだよ」
「……あります。私は……なんて恐ろしいことを……」
「懺悔はアタシじゃなくてアンタの神様にでもやってくれ」
緑青子の質問は主に2つ。まず、「なぜ適合が中途半端な田村明と葉山凛をそのままにしていたのか」そして「なぜ星の御子を野放しにしていたのか」ということだった。
星守はダゴンの支配下にあった時とは打って変わり、ちゃんと緑青子の話を聞いてから質問に答えてくれた。
「田村さんですが……彼が戻ってきたのは誤算でした。そのまま外で村の噂を流してくれればと思ったのですが、欠片……ゴンダを食べに戻ってきてしまったんですよ」
「は? ダゴンにそういう催眠効果みたいなのがあるわけでもなく?」
「大量に摂取しなければ問題はないはずなんです。ですが、彼はその味にハマってしまったようで……それなのに適合しなくて……仮にも人気芸人をあの姿で返すわけにもいかず、仕方なく監禁を……」
余計なこと言うなとツッコむ田村をなだめ、緑青子は続ける。
「じゃあ娘は?」
「……そんなのっ、聞くまでもないでしょう。私は娘を助けたかった! 村の外に出してしまえば取り返しのつかないことになる、だから娘が暴走しないように……そして、万が一適合できたなら、神の花嫁に──いや違う! そうじゃない! そうじゃない! ううぅぅ……」
誰よりも深くダゴンの影響下に置かれていたせいか、星守の意識はまだ完全には解放されていなかった。
葉山は「もう父を苦しめないで」と言ったが、緑青子は質問を終えるまで下がる気はなかった。
「コレで最後だ。少年、いや〈星の御子〉を放置してた理由は? この際だからハッキリ言っとくけど、この子の存在がお前達の敗因なんだよ」
緑青子は隣に立っていた少年を抱き寄せ、誇るように彼の肩を抱いた。
「う……それは……正直なところ、私にもわかりません。無意識、というのが正しいでしょうか」
「無意識?」
「はい。私もこの子には何かあると思っていたのですが、なぜか御子様を排除しようという気にはなりませんでした……」
緑青子たちは一斉に少年を見た。しかし誰が見ても、彼はただの少年にしか見えなかった。そのあどけない見た目は、確かに「危害を加えよう」なんて気は起こさせないものだったが、星守が言っているのは、そんなフワフワした感覚ではない。
「もしかしたら、私は心のどこかでダゴンを倒してくれる人を待ち続けていたのかもしれません。無意識のうちに、御子様が抑止力になり得ることを理解していたのかも……これも、宇宙の導きか……」
「待った、最後の最後でオカルトに走るのはやめてくれ。……そういやアンタはダゴンとか関係なくカルト野郎だったな。教祖ってのは自分を崇めなきゃ気が済まないのか?」
再び唾棄し、緑青子は星守たちに背を向けた。
村の歴史を見る限り、星守が村を乗っ取ったのも、村を発展させたのも、両方が事実だった。なら、その結果どちらに転ぶかは村人たちの判断に委ねるべきだ。
これ以上は情報を引き出せそうにもない。
緑青子の仕事は完了したかに思われた。
「あ、あれ!」
少年が何か恐ろしいものを見たような声を発した。彼の指差す方向は〈山〉。
炭鉱の地下深くで見た怪しい光、それが山を貫き、天まで届いていた。
一番先に反応したのは星守だった。
「あの場所……まさか、〈オベリスク〉が!」
オベリスクとは、石を削り出して作った柱という意味の言葉だ。
緑青子の脳裏に、ダゴンが祈りを捧げていた謎の柱がフラッシュバックした。
「いくぞ少年!」
「うん!」
悪い胸騒ぎに突き動かされるまま、緑青子は少年を背負って山へ走る。
球体による空間変異がなくなった山は、すぐに炭鉱への入口を見せた。そのまま奥の縦穴へと一息に駆ける。
「つかまってろ!」
緑青子は縦穴の壁へ向かって飛んだ。そしてかばんから出した刀を壁に突き刺し、ブレーキをかけながら猛スピードで降りていく。
柱が尋常ではない光を放っているのを、少年は緑青子の背中から見た。
空気が震える。
ダゴンはすでに倒した、星守も村人も正気に戻り、儀式は止まったはずだ。
(まさか間に合わなかったのか……!?)
邪神の降臨という最悪の結末を想像して、緑青子は青ざめた。それでも彼女は諦めず、直感のままに柱を破壊しにかかる。
輝きを増していく柱。震える空間。崩れていく祭壇。
緑青子たちがたどり着いた時、柱の下にいたのは――小さな緑色のタコだった。
「え、なにこいつ」
緑色のタコ──形を正確に述べるならメンダコだ──は、宙をフヨフヨと浮かびながら、少年のところに寄ってきた。少年が両手を差し出すと、メンダコはその手のひらに着地した。
緑色のメンダコは少年をしばらく見つめた後、「よっ」と挨拶するかのように、触手を一本上げた。
「〈クーちゃんです〉……だって」
「クーちゃん?」
「この子の名前」
「言葉わかんの?」
聞きたいことはそれではなかった気もするが、とにかく緑青子はその存在が何であるのか考えた。
導き出される答えはひとつ。
「セシル……〈クトゥルフ〉を回収した」
バカげた言葉に、セシルはため息をつく。
『ミオちゃん、帰ってきたらメンタルチェックね。……SAN値チェックって言うべきかしら?』
「いやいやアタシは正気だよ。何を言ってるかわからねーと思うがアタシも何が起こってるかわからねー……」
ひとまず写真を取って送る。そこに写るのはメンダコ以外の何者でもないので、セシルは半信半疑だ。もちろん、緑青子にとっても信じきれる話ではない。だが、ダゴンが崇めていた柱の元に現れた存在……。ダゴンがそれの眷属であるという情報に当てはめるなら、このメンダコはクトゥルフに他ならない。
緑青子と少年は変に緊張がとけた体で、力なく笑いながら山を下りた。
~~~~~
村に戻った時、機関の人間たちが村人と話しているのが目に入った。
「おっ、もう回収班が到着してる。仕事早いなセシル」
『元々待機はさせてたの、結界が邪魔で入れなかっただけよ。迎えも用意してあるから。お疲れ様、ミオちゃん』
夜明けの気配を感じながら、緑青子は村人たちに囲まれる。みんなあの柱の光が気になって仕方がない様子だ。
山で何があったかは把握しているが、どう説明すればいいかわからないので、適当に流しながら緑青子は星守たちの元へ戻る。
「ご無事でしたか」
「ああ。クトゥルフも無事だ」
「え?」
「悪いけど質問はナシで、アタシもよくわかってない」
それだけ言って、緑青子は機関の人間を呼んだ。防護服に身を包んだその人たちは、二言三言かわした後、事務的に星守と娘の葉山、そして芸人の田村を車に乗せた。
星守たちは健康状態を検査してから、必要があれば〈記憶処理〉をし、日常へと帰っていくことになる。もっとも、星守のその後の運命は神のみぞ知るところだが。
「み、緑青子ちゃん、アンタ何者なん?」
残されたおばちゃんは、突如現れた機関の人間と緑青子を交互に見ながらたずねた。
本来であれば答える必要などないが、緑青子にはひとつの確信があった。だから答えた。
「おばちゃんも見ただろ、この世界には、どこからやってきたのかもわからない〈異質〉が存在するんだ。アタシらはそれを回収・解析して、ただの〈物質〉として保管できるようにする」
おばちゃんは話を理解しきれていなかったが、それでも真剣に耳を傾けた。
「異質の世界とアタシらの世界を〈つないで〉、〈同質化〉させる。それが〈対異質特務機関コネクト〉。アタシはそのエージェントだ」
おばちゃん、そして少年に身分を明かす。緑青子の正体を知ってなお、2人は特に驚いた様子もなかった。
「はぁ~、緑青子ちゃん、そんなすごい人だったんやねえ」
「かっこいい……」
けっこう重大なことを言ったのにのんきな感想を述べる2人を見て、緑青子は笑う。
「本当は少年を回収しないといけないが、少年にはアタシを救ってくれた恩があるからな、この任務からは手を引こうと思う」
「うん……」
「だからもう、少年を狙うやつはいない。この村に残ってもいい、他のところに行ってもいい。少年は〈自由〉だ」
そう言い残し、緑青子は少年たちの元から去る。
その背を、少年は引きとめた。
「待って! 僕も……僕も一緒に連れて行って!」
緑青子は立ち止まった。その瞬間の彼女の表情など、少年は知る由もない。
「僕……お姉さんと一緒にいたい!」
たった1日の出会い、それでも少年には大きすぎる出会いだった。彼はこの1日で、人生の指針を定められた。この人についていくことが〈正しい道〉なのだという確信が、少年の中にはあった。
「ククク……本人がそう言うなら、アタシはそれを尊重しよう。少年は自分意思思で道を選んだ。これで少年はもうアタシの回収対象じゃない、仲間だ」
「仲間……」
緑青子はもうひとりの方も見た。
「おばちゃんも来るでしょ?」
「ええ!? わ、私も……?」
「それとも、ここに残る?」
「私は────、そうねぇ、ここにいても、また仲間外れにされるだけかもしれないねぇ」
彼女は村の中で唯一ゴンダを食べることはなく、また儀式にも参加できずにいた。それを決めたのは星守だ。それが彼のダゴンに対する無意識下の抵抗だったのか、今となってはもうわからない。ひとつ確実なのは、おばちゃんにとって居心地が良いと言えるのは、少年といる時、そして緑青子といる時だ。
「御子様のことも気になるし、私もご一緒しちゃおうかな?」
少年は満面の笑みだ。
「よし、じゃあ決まりね! そうだ2人とも、この村であったことは他言無用な。情報漏洩は厳罰だから」
『それミオちゃんが言う?』
「セシルだってわかってて止めなかっただろ」
『人手はいくらあっても良いからね。信頼できる人の勧誘なら、止める理由はないわ』
緑青子は回収班に呼ばれ、車に乗り込む。〈ダゴンの残骸〉と〈空間を操作する球体〉が特殊素材のケースに収められているのを確認してから、少年とおばちゃんを呼んだ。
「お、お姉さん、クーちゃんも一緒で……いい?」
車に乗る直前、少年は自分の肩に乗っているメンダコをおそるおそる見せた。回収班の人が慌てて何か言っているのが聞こえたが、緑青子はクーちゃんごと少年を抱き上げ、膝の上に乗せてしまった。
日が昇り、旧き闇に支配されていた村に光が差していく。
(田村さんのサイン、もらい忘れたな……)
緑青子は新しい仲間たちと共に、仕事を終えて村から生還した。




