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【side:オリヴィエ】
私は貴族家としては歴史が浅いスペサタイト子爵家の長男として、選定の鐘が鳴ったその日、この世に生を受けた。
うちは数代前にとても強い力を持った者が徐爵され貴族家の仲間入りをしているが、一族の中でそんな大それた力を持つ者はそうそう生まれていない。
それなのに本家だ分家だと数だけは増えてきているのが最近の悩みの種だ。
ともあれ、私の家族は長男であっただけの平凡な父と一歩引いて静かに控える母の二人だ。
家の中をさも自分が当主であるかのように振舞う叔父とその妻、子供たちが駆け回っていたとしても。
「オリヴィエ、これ来週までに仕上げておけよ」
二つ下の従弟から私の目の前に突き付けられたのは家庭教師から彼に与えられたであろう課題だった。
課題は自分でやらなければ意味がないのにとか、確認のテストはどうこなすつもりだとか、そもそもこの課題は君の年齢でやるにしては遅すぎやしないかとか、色々を全て呑み込む。
ここでコレの機嫌を損ねて癇癪を起こされると、総てのとばっちりは母が受ける羽目になるから。
もう声を出すのも億劫で、黙って首を縦に振った。
そもそも何故子爵家当主である父とその妻である母が蔑ろにされるのか。
理由は至極簡単だ。
スペサタイトにとって何より重要視されている、攻撃力の高い炎を母は操れないから。
そしてなよなよと頼りない父は表立って母を庇わないから。
結果、図太く図々しい他人のような親族たちは母を扱き下ろし、無能な当主だと父を嘲り、この子爵家に寄生し続けている有様だ。
自分が候補者として家を出てしまえば、その内この屋敷も爵位も親族の誰かが乗っ取ろうとするのではないかとみている。
「爵位など無くしてしまえばいいのに」
力があるからと徐爵したものの、ここ数代は国に貢献などできていないのだし。
最近割と真面目にそう考えるようになっていた。
私の子爵家での教育が終わろうかという頃、やっと学び舎に呼ばれることになった。
選定者様が見つかったという話は聞かないが子爵家まで話が届いていないだけだろうか。
「お前いつまでここにいるんだよ」
ふてぶてしい態度の奴がやってきて絡んでくる。
片手で菓子の箱を抱えてもう片方の手でつかみ食べをしながら歩いてくるものだから、奴の歩いたルートを食べカスが教えてくれている状態だ。
はっきり言って汚い。
私はコレが大嫌いだった。
「まぁお前みたいなやつが王様になんてなれるわけないんだけどさ、もうこの家の跡取りは俺様になるんだから帰ってこようなんて思うんじゃねーぞ」
その後も口の端からカスをこぼしながら、母から受け継いだ私の瞳をけなしたり他家の噂話を嬉々として喋り散らかしている。
次期子爵どころか態度だけなら侯爵家にも引けを取らないのではなかろうか。
教養やしつけの面では侯爵家とは比べるらくも無いが。
たかが子爵家でしかないのに、高位貴族家ならではの気位の高さと他を見下すような態度を常々とっている奴に反吐が出そうになる。
こんなのと両親が親子になるだなんて…一緒に暮らしていくなんて。
「…最悪だ」
きっと父はこれまで通りに受け流していくんだろうし、母は後ろでじっとしていくんだろう。
そして私も今まで通り、何の役にも立たず何の解決の一助にもなれずに、遂には他所から見るだけしかできなくなるんだろう。
ふと零れてしまった言葉をアレがどうとったかなんて、もうどうでもよかった。
こうして私は息苦しい生家から脱出を果たした。
しかしこの度、選定者様のおかげで認識を変えようと思うことができた。
どこの誰が何と言おうと自分が大切にしたいと思ったものを否定するのはやめよう、と。
あの方には感謝以外の感情が浮かばない。
私にできる事なら何だってしたいと思う。
力だってそれなりにあるし、実家で年端のいかない子供たちの相手をしていたこともあって、あのまとまりのない候補者たちを上手くいなす自信がある。
私は一番月齢が高いしスターガーネット学長からも圧を感じていたこともあって、選定者様が人間でもなんとか失礼の線を超えないようギリギリ堪えられた。
けれどほかの四人は難しいのではないかと踏んでいる。
やんちゃなスコルヴに喧嘩っ早いテオドール、恐らく全てに興味のないゼルクロイド、そして高位貴族らしく威丈高なロゼリア。
皆立場も抱えているものも違うが、変化は嫌いだし、人間は嫌うものだと教わってきているため簡単には打ち解けたりしないだろう。
中でもロゼリアは鱗が逆立つほど反応していたから要注意だ。
あの方の助けになれたら、また光の舞うその瞳に私を映してもらえるだろうか。
その時を想像すると自然と口元が緩んでしまう。
自分の中の感情がゆるゆると解けていくのを感じながらほかの候補者たちの待機する部屋のドアをくぐった。
…ああ、そうだ、忘れるところだった。
今後のことを考えて人型で戻ることを止めたのだった。
「なんだよ、せんてーしゃ様はオリヴィエの事判らなかったのかよ。エラソーなこと言って時間を取らせた割に大した事ねーじゃん」
ふんぞり返ってそんなことを宣ったスコルヴは護衛の一人…トーマスに拳骨を食らって、頭を押さえながら蹲っていた。
…いつの間にそんなに仲が良くなったんだろう。
大人がトーマスしかいないこの室内は、各々が自由にし過ぎてそろそろ学長の威圧が飛んできそうだ。
私も彼を手伝ってこの場を鎮めることにしよう。
そうそう、これは後で知ることになるのだけれど…。
あんなことになっている子爵家にしがみつくのは、私がもし選定の儀に漏れてしまっても帰る場所を残しておきたかったからだと、両親はそろって困ったように笑って言った。
人間、近くに悪い見本がいるとまともに育ったりしますよね。
ああはなるまい、と決めている…オリヴィエはそんなタイプです。




