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水曜日に間に合いませんでした…。




食後の意見交換会で決まったことは主に3つ。

ひとつは嫌がられても各個人ときちんと会話をして理解する努力をすること。

ひとつはこの校舎内における力関係図を学長に確認してみようということ。

ひとつはここでの活動拠点をアカーテ伯爵に相談しつつ確実に掃除すること。

それらを引っ提げて学長室に向かったディア達。


その扉を開けて目の前に広がっていたのは、借りてきた猫のようにちょこんと座っている候補者たちだった。


「…いったい何がどうされたのでしょう?」


ディアが困惑気味に学長に尋ねると、彼はいい笑顔をディアたちに向けた。


「いやなに、少し建国からの昔話と候補者の心構えに、貴族の役割等をおさらいしていただけですよ」


キラキラと星でも舞っているような本当にいい笑顔である。

それをぎゅるんと音がしそうなほど首をひねって候補者たちにも向ける。


(今誰か悲鳴を上げなかった?)


微かな音がディアの耳を掠ったが、どの候補者も同じような顔をして固まっているため、音源は特定できそうにない。

学長は笑顔で怒るタイプだ、と頭の片隅に記録して軽く咳ばらいをするディア。


「学長の助力に感謝します。まぁ、個人面談をすると聞いていたので驚きましたが…」


「今代の選定者様は実に真面目でいらっしゃる。く、…先代の方なら昼休みが終わってたっぷり時間をかけてからこちらには目もくれず帰宅されたでしょうから」


ディアは後の方に突っ込むべきかしばし迷って、やはり突っ込むのはやめた。

理由は簡単、学長の後ろに思い出とは言い難い重苦しいものが立ち込めている気がしたから。


そうこうしているうちに学長はディアを『礼を失した対応をする他種族に、慣れない環境にもかかわらずきちんと向き合おうとしている人』と堕ちたら怖いようなところまで持ち上げている。

だいぶ持ち上げすぎだとは思うものの、ここまでお膳立てしてくれてあるなら話は早い。

この流れに乗ったまま、早速別室へ呼んで個別に話をしてみることにした。



「気楽に…というのは難しいかもしれないけれど、私は貴方に危害を加えたりはしないから安心して話を聞かせてほしいの」


チラリと自身の後方に掛けた学長を視線で示しながら話しかけた。

ディアの後方には学長とデイジーが同席している。


「あなたはオリヴィエ・スペサタイト子爵令息ね。演習場での活躍が素晴らしかったわね。貴方の家門は炎による攻撃を得意としていると聞いたわ」


ディアの脳裏には先程の演習の様子が焼き付いていて、今でも胸の鼓動が早くなるのを感じる。

初めて見た竜の姿、羽を大きく叩きつけるように動かし空中を飛び回る姿、そして炎を吐いた姿。

どれもこれも衝撃的過ぎて決して忘れることはないだろうと、ディアは感じていた。


「お褒めにあずかり、光栄です」


オリヴィエは折り目正しく上体を伏せ、竜の姿でのお辞儀をしたように見える。

元々彼はあの中で唯一、礼を失するような失態は犯していなかった。

この場で問題が起こることの心配が必要なかったためトップバッターに選ばれていた。

誰しもいきなり転ぶのはごめんだ。


因みに竜体のまま椅子に座るのは難しいそうなので、指揮者の台のような箱に乗る形で座っている。

その為椅子に座ったディアとも無理なく目線が合う。

彼の瞳は体躯のオレンジ色より緋の濃い色味で、キレイにカットされた宝石のようにチラチラと光を反射して見えた。

初めて水面を見た幼子のように知らず知らずのうちに身を乗り出してのぞき込む格好になっていると気付いたのは、オリヴィエが肩を竦めるように視線をそらしたのと後ろからデイジーの控えめな呼びかけがあった時だった。


「っ、不躾にごめんなさいね。あまりに綺麗な瞳だったから思わず見入ってしまったわ」


ディアは自分の無意識の行動に驚きつつも謝罪と素直な感情を伝える。

こういう時にヘタに取り繕ったり隠したりすると拗れることを経験として知っているから。


「…いえ、至近距離から見つめられて恥ずかしかっただけですから。瞳を褒めていただけて嬉しかったです。これは母から受け継いだ瞳なので」


ぎこちなく、オリヴィエの口角が上がる。

どうやら褒められ慣れなくて照れているようだ。


聞けば彼の母はそこまで実力のある竜ではないようで、父の親族からは良い扱いを受けていないという。

人間でいえば社交力や実務力といったものが、竜では戦闘力に置き換わるようだ。


(どの種族でも他人の評価というのは勝手なものよね)


自身も散々言われてきたし、辛さは判るつもりだ。


「戦闘力で秀でていないからと蔑ろにされるなんて本来あってはならないことね。それだけでその方の価値が無いなんてことにはならない」


ふ、とオリヴィエの二つの宝石がディアの瞳を捕まえた。


「だってそれならば何故子爵は夫人を妻に迎え、貴方という次世代を成したのかしら。もちろん貴族家なのだからそれだけではないでしょう」


けれどもね、とディアは続ける。


「いいな、と思ったところがあったはずなのよ。今もそう思っているのかもしれないわ、だって…」


「貴方は候補者の中で一番雰囲気が優しいのよ。棘を感じられないって言うのかしら…影も見つけられないし、愛情一杯に育ったのではなくて?貴族にありがちな義務さえ果たせばいいだけの家庭だと、そんな風には伸びられないわよ」


あくまでディアの主観だ。

もし間違っていたのなら余計にオリヴィエの心を抉る可能性もあった。

しかしこういう時のディアは不思議なことにその判断を間違わない。

影というか澱というか、嫌なものが見えないのが決定打だ。


「誰かに褒められるのを待つのではなくて、貴方が先に胸を張って誇ってしまえばいいのよ」


目の前のオリヴィエの様子を見るに、予感は外れていなかったようだ。

そこには竜の代わりに、長身のオレンジ髪で、それより少し緋味の強い色の瞳をした青年が佇んでいたのだから。




あっさり人型化しましたオリヴィエ君。あっさり過ぎました…?


家内のことにずけずけと意見を付ける行為に賛否があるかと思いますが、理由なくやっていることではないのでこんな感じの帰結にしました。

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