27 アッシュの思惑
ヴァレルは、挑発するような目つきになる。
「できたら、面を拝んでみたい。その程度の話さ―――それにしても、十年も姿を見せていない? カイエって、本当に生きているのかよ?」
「さあな―――国葬は行われていないから、おそらく生きているのだろう」
「なんか、いい加減な話に聞こえるぜ。カイエってのは、クランベルクの支配者なんだろ?」
「そうじゃない―――」
アッシュの口調が強くなった。
「カイエ・ラクシエルは、誰も支配しない―――これが、クランベルクの根底にある考え方だ。僕くらいの世代になると、あまり実感は湧かないがな」
「ふーん―――それじゃ、クランベルクを支配しているのは、軍隊なのか?」
ヴァレルは意地悪く言ったが、アッシュは揺るがない。
「ヴァレル、外国人である君は、誤解しているようだな。クランベルクの国としての実務は、官僚や役人たち、そして、軍の人間が行っている。しかし、彼らも支配しているのではなく、社会秩序における役目を果たしているだけだ」
「クランベルクの『構造自由主義』という考え方よね」
ヘルガが口を挟んだ。
「従来型の国のように、既得権を持っている支配階級が存在したら、成立しづらいやり方だけど、クランベルクでは実現した。カイエ・ラクシエルが、何も無いところに国家を築いて、自ら望む人だけを受け入れたから―――その考えは、今も創世記のまま受け継がれている。そういうことかしら?」
「ああ―――その通りです」
わざわざ口調を直す几帳面さに、ヘルガは苦笑する。
「アッシュさん。私にも、敬語を使わなくて良いんですよ」
「いいえ、そう言う訳にはいきません。貴方に対しては、礼を逸して良い理由がない」
「アッシュの喋り方なんて、どうでも良いけどさ―――」
ヴァレルは、からかうように笑った。
「―――クランベルクって、やっぱり面白いところだよな」
規則的に立ち並ぶ灯輝柱が、昼間同然に街並みを照らし出す。通り沿いの商店は、間もなく午後十時になろうというのに、八割方が開いていた。
通行人たちは、服装も肌の色もまちまちので、一見すると違和感を感じるが、これこそがクランベルクという国の象徴なのだろう。
「ヴァレル。もう一つ、質問をさせてくれ―――」
アッシュの琥珀色の目が、真摯な眼差しを向ける。
「武装技術を使うんだから、君は仮にも剣士なのだろう―――剣士が愛剣をブレーキ代わりにするなんて、僕には理解できない。もし、折れでもしたら、どうするつもりなんだ?」
「剣なんてさ、所詮は道具だろう?」
何だ、そんなことか―――ヴァレルは平然と応えた。
「オレは道具に拘りなんてないぜ。そのときに使えるモノを、使いたいように使うだけだ。たかが敷石に擦れたくらいで折れる剣なら、壊れても構わない。どうせ、この先は持たないだろうからな」
ヴァレルは正直に思った。型通りのやり方をしていても、今の自分では、あの場所には辿り着けない。だったら―――やれることは、全部試してやるさ。
不敵な笑みを浮かべるヴァレルを、アッシュは間近から見つめた。
「そういう考え方もあると、理解できない訳じゃないが―――やはり、僕には共感できないな」
琥珀色の瞳を、躊躇いがちに曇らせる。
「ごめんなさいね、アッシュさん」
ヘルガは申し訳なさそうに言った。
「ヴァレルって、結局は、こういう奴なんです。だから、普通の人は、あんまり真面目に相手をしない方が、良いと思いますよ」
「『こういう奴』って、どういう意味だよ?」
ヴァレルが振り向くと、ヘルガは小馬鹿にするように応える。
「あら、判らないの? 常識が通用しないってことよ」
「そいつは褒め言葉として、受け取ってやる―――なあ、アッシュ。こうやってチンタラ走るのは、オレの趣味じゃないんだ。そろそろ、交代しようぜ」
ヴァレルは狡そうに笑う。しかし、アッシュは、きっぱりと首を横に振った。
「駄目だ―――君が操縦を代わったのは、僕に対する『お詫び』のためだろう? だったら、最後までやり通してくれ」
ヴァレルは不思議なモノを見るような顔をする。
「アッシュって、ホント、堅いよなあ―――まあ、良いさ。約束は守ってやるよ」
恩着せがましく言う兄に、ヘルガは冷たい視線を向けた。
「そんなの、当然でしょ!」
大通りの両側で規則的に並ぶ灯輝柱。眩い光は、クランベルクの街の隅々を、昼間同然に映し出していた。通りから一歩奥に入ると、繁華街が広がっているのが良く見える。
酒場や飲食店を意味する看板が無遠慮に並び、表通り以上に人で溢れていた。
ヴァレルは視線を巡らせて、客や店員らしい人々を観察する。
「繁華街に関しては、クランベルクも他の街と大差ないな―――これから行くのも、所詮はカジノだろう? ドレスコードなんて、本当に守る必要があるのか?」
アッシュが呆れた顔で答えた。
「この界隈で夕食を取るだけなら、君の好きにすれば良いさ―――ほら、見えてきたぞ」
馬車の進行方向には、他よりも一段高い台地状の区画になっており、物理的にも機能としても都市の中心
である『冥王城』が聳えている。黒曜石で彩られた無骨な城塞は、光に満ち溢れたクランベルクの中で、一
際異彩を放っていた。
そんな『冥王城』と対となる存在として、クランベルクに関する地理書や紀行文に必ず登場するのが、カジノ『不死者の宴』だ。台地を下った南側には、一度に五万人が集まれる門前広場があり、『不死者の宴』は広場の東端に位置していた。
直径三百メートルの潰れた円筒のような建物を、二十メートルを超える高さの巨大な石柱が取り囲む。その外観は古代のコロッセオを思わせたが、遺跡と明らかに違うのは、壁面全体が、灯輝柱と同じように光を放っている点だった。
「……綺麗……夢の世界みたい……」
感嘆の声を上げるヘルガを尻目に、ヴァレルは鼻を鳴らす。
「カジノというよりも、闘技場そのものって感じだよな」
「―――君の感想も、あながち的外れではないか」
アッシュが呟くように言った。
「―――何だよ、勿体ぶった言い方だな?」
ヴァレルは好奇心に満ちた目を向ける。
「どうせ、すぐに判るけどな―――せいぜい、楽しませてくれよ」
『不死者の宴』に辿り着く数百メール手前で、馬車の列は動きを止めた。カジノの正面玄関に続く路上には、馬車が長蛇の列を作っており、遅々として進まない。
カジノに馬車で乗り付けるような輩は、金持ちと相場が決まっており、優雅さを気取る緩慢な動きが、容易に想像できた。
「仕方ない―――ヴァレル、よく覚えておけよ。君のために、操縦を代わる訳じゃないぞ」
アッシュは、わざわざ念押ししてから、ヴァレルから操作棒を奪った。それから、ヘルガの方に向き直って、微笑を浮かべる。
「カジノのイベントを、ご覧になりたいのでしょう? でしたら、今すぐ馬車を降りて、お急ぎください」
「アッシュさん、ありがとうございます!」
深々と頭を下げるヘルガに、困ったような顔をする。
「……頭を上げてください。貴女は、今でも僕の大切なお客様なのですから……」
二人の遣り取りを尻目に、ヴァレルは素知らぬ顔で歩き出した。
「ごゆっくり。オレは先に行くぜ―――」
早足で、瞬く間に離れていく。
「あ、ヴァレル。待ちなさいよ!」
ヘルガは、もう一度アッシュに頭を下げると、慌てて後を追った。
「やれやれ、だな……」
アッシュは苦笑して、離れていく二人を見送る。
「―――アッシュ!」
ヴァレルが振り返り、こちらを見ていた。
「あんたも馬車を停めたら、カジノに来ないか? 服がドレスコードに引っかかるなら、オレが、どうにかしてやるからさ」
「いや、結構。遠慮させて貰うよ」
アッシュは即答する。
「僕は、カジノで遊べる身分じゃないんだ―――あ、いや、勘違いしないでくれ。君たちに対する嫌味のつもりじゃない」
「ああ、判ってるよ―――」
青い目が、真っ直ぐに正面から見る。ヴァレルは強かに笑った。
「アッシュが糞真面目だってことくらい、オレにも理解できるぜ」
「ヴァレル―――」
アッシュは自分でも気づかないうちに、微かな笑みを返していた。
「―――あんた。なんで、止まってるのよ?」
ヴァレルが遅れていることに気づいて、ヘルガが文句を言う。
「急いでいるって、言ってるでしょ! ほら、走りなさいよ!」
ヴァレルとヘルガが、人混みに紛れてしまうまで、アッシュは後ろ姿を見つめていた。
「―――そんなんじゃ、ないんだ」
二人が完全に見えなくなったことを確認すると、おもむろにシャツの襟元のボタンを開いて、中から何かを取り出す。
それは、細い鎖に繋がれた銀の十字架だった。十字を形成する各々の先端と、中心部に、小粒のダイヤのような宝石が埋め込まれている。
アッシュは、まるで神に感謝するような仕草で、十字架を唇に押し当てた。
「―――双子のマグナスが、『不死者の宴』に入りました」
琥珀色の瞳は、微かに苦悩の色を浮かべた。




