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28 企みの外側で


 門前広場の片隅に、三台の黒塗りの馬車が停車していた。


 要人警護に用いる最上級クラスの馬車は、車体全面を鉄板で補強されており、その威圧的な姿は人目を引く。しかし、まるで車体の黒が闇に溶け込んでしまったかのように、周囲を歩く人々は、馬車の存在にすら気づかなかった。


「―――あたしらが都市の心臓部まで迫っているのに、警備兵が警戒する素振りもなしかい?」


 三台の中央に位置する馬車の中で、黒のレザースーツの女は、革張りの座席の上で足を組み直した。

 棘のように伸びたオレンジ色の髪掻き上げて、真っ赤な唇に妖艶な笑みを浮かべる。薄紫の瞳は、まるで野獣の魂が潜んでいるかのように、獰猛な光を放っていた。


「クランベルク軍の奴らは、魂が平和ボケしちまったのかい? まったく、つまらないったら、ありゃしないよ!」


 舌なめずりをするような顔で、ベルトの両側に挿した一対の剣の柄を弄んでいると、隣に座る男が、淡々と告げた。


「―――キサラ、傲らない方が身のためだ。首都に足を踏み入れた瞬間から、おまえたちは監視されている」


黒髪を覆う白いバンダナ。太い眉の下に、鈍色の目。無精髭を生やした浅黒い顔は、二十代半ばだろうか。白いシャツの胸元を肌蹴て、腰に巻いたベルト代わりの帯から、幅広の曲刀を下げている。


「ルシアーノ、舐めた口を利くんじゃないよ」


 女―――キサラは、からかうように応じた。


「そのくらい、あたしだって気づいているさ。だけど、ただ見ているだけってなら、犬にも劣る―――頭の悪い番犬だって、吠えて威嚇してくるだろう?」


「そいつが、弱い犬ならな―――」


 男―――ルシアーノは、口元だけに、皮肉な笑みを浮かべる。鈍色の目は、感情のない冷徹な光を帯びていた。


「よく覚えておけ、キサラ。相手を侮るのも、恐れるのも、どちらも愚か者がやることだ―――クランベルクの連中の身体を切り刻んで、血塗れの床に転がしたいのなら、もっと冷静に判断しろ」


「わかったよ―――」


 キサラは渋々ながら応じる。剣の腕には、絶対的な自信があった。しかし、こういう目をしたときのルシアーノという男は、相手にするにはタチが悪過ぎる。


「あんたが臆病者でも、被害妄想に漬かった狂人でもないことは、知っているよ。だけど、せっかくの聖戦なんだから、もっと派手にやろうじゃないのさ!」


ルシアーノは無言だった。キサラは諦めて、もう一人の同乗者に同意を求めることにする。正面に向き直ると、向かいの席に座る壮年の男に向けて、恭しく頭を下げた。


「聖戦の口火として、この広場にいる警備兵を血祭りに上げることを、キサラ・ゼルヴィアに、お許しください―――異教徒どもの血肉を、制裁の旗印として、神の御前に捧げてみせます!」


 枢機卿ショウター・ランペルームは、紫色の聖衣姿で、固く目を閉じていた。油で固めた白髪混じりの髪。突き出た額と頬の痩けた顔。薄い唇が、ゆっくりと語り始める。


「聖騎士キサラよ。神のために身を捧げるのであれば結構なことだが―――我らの聖戦は、貴様が快楽を貪るためにあるのではないぞ」


 震える声に、キサラが顔を上げると、枢機卿は大きく目を見開いていた。禍々しい金色の双眼が、狂信者の熱を帯びる。


「―――全ての行いは、神の御心のままに進めねばならない。もし、神の声に背くと言うのであれば―――聖騎士キサラ。貴様とて、異教徒と同じ運命を辿ることになるぞ」


「肝に命じておきます―――」


 キサラは、再び深々と頭を垂れた。棘の髪が掛かる女の横顔には、様々な感情が渦巻いていた。

 枢機卿は不気味な笑みを返すと、ルシアーノの方を見る。


「水先案内人ルシアーノ・ダルフィンよ。そなたと、そなたの同胞には、感謝しておるぞ」


「有り難き御言葉です」


 口調の丁寧さとは裏腹に、ルシアーノは抑揚のない声で応じた。


「我々こそ、猊下の御力に敬服しております―――ラグナード大陸を支えてきた伝統ある国々と、その高貴なる人々の繁栄のために、無礼な新参者と賛同者たちへ、神の鉄槌を下して頂けることを、期待しております」


 枢機卿は満足げに頷いた。


「―――しかし、そなたが他人事では困る。この聖戦における重要な役割を、託しておるのだからな」


「そちらについても、御安心ください。私の配下の者が、すでに行動を始めております」


 ルシアーノは立ち上がり、枢機卿に一礼した。


「開戦は予定通り、二十二時ということで、よろしいですね―――これより、私も部下に合流します。ランぺルーム猊下、御武運を―――」


馬車の扉を開け放つと、相手の反応を待たずに飛び降りる。周囲に人通りはあったが、誰も、馬車とルシアーノを見ていなかった。


「―――首に鈴をつけに来たか。相変わらず、食えない男だ」


枢機卿は苦々しげに呟くと、空を仰ぐようにして、馬車の天井を見つめた。


「殺戮と再生の女神メルカーナの敬虔なる信徒たちに告げる―――計画は、予定通りに決行。先陣の誉れは、キサラ・ゼルヴィア、ジャレット・イグシウスの両聖騎士に与える―――神の力を蔑み、冒涜する者に、血の捌きを!」


「―――御意!」


 応えたのは、キサラ一人ではない。何処からともなく聞こえた無数の声が、一斉に応じた。枢機卿は唇を硬く引き結んで、再びキサラに向き直る。


「聖騎士キサラ―――貴様には、信徒として最高の役割を与えたのだ。その剣を存分に振るい、異教徒の血を最後の一滴まで、メルカーナ神に捧げよ」


「枢機卿猊下、お気遣いに感謝します―――」


 キサラは、血に飢えた野獣のような笑みを浮かべた。


「ご期待には、絶対に応えてみせましょう―――あのふざけた名前のカジノを、異教徒どもの赤い血の海に沈めてやりますよ」


※ ※ ※ ※


 公立カジノ『不死者の宴』の内部は、広々とした空間になっていた。


 磨き上げられた総大理石の床。天井は五メートル以上の高さがある。壁は建物の中心から同心円状に三層に作られていたが、壁面は円の全面を覆うのではなく、三分の一程が不規則に取り払われて、通路になっていた。壁面の半分は淡い色の大理石で作られており、残りの半分は灯輝柱だった。天井から銀の鎖で吊るされた無数のシャンデリアとともに、眩い光を放っている。


「ここまでブルジョア趣味だと、厭味にしか思えないぜ」


 ヴァレルは正面玄関から続く廊下を歩きながら、呆れた顔をする。


 壁で区切られた各フロアでは、それぞれ別のゲームが行われていた。バカラ、ポーカー、ブラックジャックといったカード。ルーレットに、縦に回転する巨大な円盤の数字を当てるホイールオブフォーチュンなど。派手な演出をするフロアには、人だかりができている。


 テーブルの上に積み上げられたチップの山が、光を受けてキラキラと輝いていた。


「文句ばっかり、言わないの!」


 ヘルガは建物の美しさに見惚れながら、ヴァレルのすぐ後ろを歩いた。


「確かに贅は尽くしているけど、悪趣味な感じじゃない―――きっと、お金の使い方を良く解っている人が、一流の建築家に作らせたんだわ」


「へえ―――」


 まったく興味のないヴァレルは、別のことを考えていた。


 『不死者の宴』に入るのは、拍子抜けするほど簡単だった。入口の扉の左右には、警備の人間らしい黒服が立っていたが、身分証を提示させる訳でもなく、ヴァレルたちは素通りできたのだ。


―――ホント、警備が甘すぎるんじゃないのか?


 『不死者の宴』だけに限ったことではなく、ヴァレルは、クランベルクに到着した瞬間から、同じ思いを抱いていた。入国手続きのときにしても、周囲を警備兵で固められていたら、仕掛けることはできなかった。


 ―――それとも、わざと誘っているのかよ?


 だったら、間抜けなのは自分の方だなと、ヴァレルは嘲るような笑みを浮かべる。

 騙されないように警戒していても、身動きが取れない。誘っているのなら、踏み込んでやれば良い―――やりたいようにやるのは、お互い様だ。


「ヴァレル、何してるの? 早くこっちに来なさいよ!」


 ヘルガは足取りが軽いせいなのか、いつの間にか、ヴァレルを追い越していた。


「ほら! イベントをやっているのは、奥の部屋みたいだよ!」


 確かに、奥のフロアの方から、軽快な音楽が聞こえてくる。


 ヘルガはヴァレルの手を引っ張って、走り出した。


「おい、ヘルガ!」


「―――良いから、あんたも走りなさいよ!」


 中央の通路を抜けると、左右に二階へと続く螺旋階段があるホールになっていた。階段の上はバルコニーになっており、手摺の中央部付近に、ぶ厚い鋼で作られた両開きの扉が見える。


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