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24 夜の街を駆ける


「フン・フン・フーン!」


 鼻歌を歌いながら、レベッカは機嫌良く、銀月館の廊下を歩いた。ランプを模した小型の灯輝柱の光が、昼間と変わらない明るさを保っている。


「―――レベッカさん」


 不意に呼び止められて、レベッカは足を止めた。五歳年上の同僚、ロザリアが、息を切らせて近づいてくる。


「……探しましたよ。今まで、どこに居たのですか?」


「あ、ごめんね。ロザリア!」


 レベッカは両手を擦り合わせて、片目を瞑って見せた。


「それで、何か用なの?」


「―――何かじゃないですよ。仕事中に消えてしまうから、ノエル様がお怒りですよ」


  間を取り持つ身にもなってくださいと、ロザリアは抗議するが、レベッカは意に介さない。もうシレっとした顔で、言い訳を考えている。


「でも、残念だわ。今、お客さんから、大切な用事を頼まれているのよ―――お願い、ロザリア。ママには、あなたから伝えておいて」


 レベッカが使う言い訳の半分は、嘘か誇張だ。長い付き合いのロザリアは、嫌になるほど承知していた。


「―――もう。判りましたよ」


 しかし、それで断れるのなら苦労はない。ロザリアは、少し怒った顔で応えた。


「ホント、ごめんね!」


 レベッカは、そのまま立ち去ろうとしたが、ロザリアに袖を?まれる。

 ロザリアは意地の悪い笑みを浮かべて、耳元に囁いた。


「その代わり。あなたを急がせている『お客さん』のこと、後で詳しく教えてくださいね」


「えっ! そんなんじゃ……」 


 レベッカは否定しようとしたが、すぐに諦める。ロザリアは、全部お見通しなのだ。


「……判ったわよ。でも、ママにはナイショだからね!」


 顔を真っ赤にして、レベッカは廊下を走っていく。


「―――やれやれ。また私が、レベッカのために、嫌味を言われるのね」


 ロザリアは少女を見送りながら、溜息をついた。


※ ※ ※ ※


 九時三十分を少し過ぎた頃。銀月館のロビーに、ヘルガが現れた。


「ほら、急いで! もう時間が無いわよ!」


 自然に流した髪には、白い羽飾り。肩を露出させたタイトな青色のドレスに、肘までのレースの手袋が映える。


「あのなあ……」


 隣を歩くヴァレルも、いつもと雰囲気が違った。シルクの白いシャツに、緋色のクロスタイ。裾が短めの黒いジャケット。幅広のベルトの左側には、いつもの鞘に納まった銀の柄の長剣が、反対側には真新しい白い鞘に、短剣を刺している。


「馬車は、正門の前に待たせてあるから」


 二人のすぐ後ろを歩くレベッカは、ヴァレルの白い鞘をチラリと見て、ほくそ笑んだ。

 フロントのカウンターには、母親のノエルが直立不動の姿勢で、レベッカに冷ややかな視線を注いでいる。レベッカは気づかない振りで、前を通り過ぎながら、二時間以上の小言を覚悟した。


 銀月館の正門の前では、レベッカの言葉通りに、車輪馬に繋がれた一台の馬車が待っていた。御者の姿を見るなり、ヴァレルが声を出す。


「―――あんた、さっきの御者だよな?」


 サラサラした髪と大きな目。間違いなく、二人を銀月館に運んだ馬車の御者だった。


「はい。先ほどは、本当に失礼しました―――お詫びという訳ではありませんが、私にクランベルクを案内させてください」


 御者は深々と頭を下げる。


「どうするよ、ヘルガ?」


 ヴァレルは苦笑して、ヘルガの方を見た。

 ヘルガは馬車での騒ぎを思い出して赤面する。


「貴方が悪い訳じゃないわ……こちらこそ、ごめんなさい……」


 本音を言えば、恥ずかしさから、別の馬車に乗りたかった。しかし、御者の申し出を無碍にような真似はできない。


「―――ありがとうございます」


 御者は、もう一度深く頭を下げると、二人のために馬車の扉を開けた。ヘルガは急いでいることを思い出して、礼を逸しないギリギリの速さで座席に乗り込む。


「ヴァレル! ほら、あんたも急いで!」


「ああ、判ってるよ―――」


 言葉とは裏腹に、ヴァレルは、たいして急ぐ様子もなく、馬車と車輪馬を眺めた。レベッカは御者と顔見知りらしく、二人で話をしている。


「ねえ、アッシュ。『不死者の宴』まで、大急ぎでお願いね!」


「承知しました。誠心誠意、頑張らせて頂きます」


 突然、ヴァレルは狡そうな笑みを浮かべた。そして、御者に近づくと、肩をポンと叩く。


「オレも、アッシュって呼んで良いかな?」


「ヴァレル君……」


 レベッカが何か言おうとしたが、ヴァレルが制した。


「悪いな、レベッカ。オレは、アッシュに用があるんだ」


「―――お客様、どうかされましたか?」


  御者は、まじまじとヴァレルを見る。背の高いヴァレルとは十五センチ近い身長差があり、下から見上げる形になった。


「あんたも、オレのことをヴァレルって呼んでくれよ。堅苦しいのは、嫌いなんだ」


「判りました、ヴァレル―――お話というのは、何でしょうか?」


「まだ堅いなあ。まあ、良いけどさ―――」


 ヴァレルは、アッシュを真っ直ぐに見据えた。


「さっきの『お詫び』って、まだ有効なのかな?」


 アッシュは怪訝そうな顔をする。


「もちろんですが―――御代のことでしたら、精一杯頑張らせて頂きます」


「いや、そんな一方的な話をする気はないぜ―――お互いに『お詫び』をする最高の提案があるんだ」


 ヴァレルは、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。


「オレが、車輪馬の操縦を代わってやるよ」


 御者は唖然として聞き返す。


「……仰っている意味が、よく判らないのですが?」


「だ・か・ら・さ。お互いに『お詫び』をしようってことさ」


 ヴァレルは、狡猾な笑みを浮かべた。


「アッシュがオレに車輪馬を貸して、オレは、アッシュの代わりに操縦する―――これで、貸し借りナシだ。せっかく御者台があるんだから、あんたは、そこに座わればいい」


 言い終えるなり、車輪馬の傍らまで歩いていく。


「―――ちょっと、待ってください!」


 当然ながら、アッシュは後を追って止めようした。しかし、ヴァレルは一足先に、車輪場に跨る。慣れた動作は、とても初めて乗る感じではなかった。


「―――車輪馬を操縦したことが、あるんですか?」


「ああ、ジェノベーゼの士官学校でね。素人じゃないからさ、安心しただろ?」


 ヴァレルの年齢を考えても、あながち嘘と決めつけられない話だった。アッシュの顔に迷いが浮かぶのを、ヴァレルは見逃さなかった。


「何やってるの、ヴァレル! こんな時間がないときに、悪ふざけはやめてよ!」


 何かが起きたことを感じて、ヘルガは馬車の扉から顔を出していた。

 ヴァレルは振り返り、悪びれもせずに応える。


「急いでいるんだろ? だから、オレが操縦するんだよ」


 ヴァレルが操舵に手を掛けると、薄っすらとした燐光の代わりに、眩い赤い光が噴出した。瞬く間に、赤い光が車輪馬全体を包み込み、微かに地面から浮き上がった。三つの車輪が、唸るような音を立てて高速回転を始める。


「ヘルガ、自分で扉くらい閉めろよ」


 ヴァレルは叫び、再びアッシュに向き直った。青い目が、躊躇する相手に畳み掛ける。


「アッシュもさ、今すぐ決めてくれよ―――オレも、車輪馬を止めているのは、そろそろ限界なんだ」


 ヴァレルの意図に気づいて、アッシュは弾かれるように動き出した。


「お客様! お願いです、ご自分で扉を閉めてください!」


 ヘルガに叫んで、自分は御者台に走る。

 ヘルガが扉を閉じるのと、アッシュが御者台に飛び乗るのは、ほぼ同時だった。


「それじゃ、行くぜ―――しっかり、?まっていろよ!」


 ヴァレルが叫んだ直後、車輪馬は浮遊するのをやめた。高速回転する金属の車輪が、甲高い音を響かせながら、石畳に当たり火花を立てる。次の瞬間、馬車は弓から放たれた矢のように、一気に加速した。


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