14 双子の兄ヴァレルの挑戦
ヴァレルは背後の兵士たちの動きを、ほとんど正確に掴んでいた。
陸走船ドックが軍の施設であることは明白だ。こんな場所で騒ぎを起こせば、兵士が黙殺するはずはない。だから、彼らの相手をすることはヴァレルの予定の範囲だったが、今の状況は少し斜め上を行っている。
―――ヘルガの奴。無茶苦茶しやがって!
男と対峙するヘルガと、背後の三人の兵士。単純に天秤に掛ければ、ヘルガを援護することを優先するべきだ。しかし、ヴァレルは、別の答えを出していた。
―――少なくとも、今は、ヘルガを殺る気はないな。
あの男がヘルガを殺すつもりなら、時間は十分にあった。ヴァレルは五感を研ぎ澄ませながら、いつでも飛び出せる距離で待っていたのだ。これ以上、時間を掛ける理由など、どこにもない。
男が心変わりをする可能性も確かにある。しかし、ヴァレルは自分の感覚を信じて、その可能性を否定した。次に考えるべきことは、この状況を打破する方法だ。
「ヘルガ、そっちは任せたぞ!」
ヴァレルは思い切り良く男に背を向けると、三人の兵士に対峙する。
銃を構える兵士の殺気まで感じることはできないが、銃口の一つがヴァレルを、もう一つがヘルガを正確に狙っていた。しかし、マスケット銃の命中精度を考えれば、狙って当てられる可能性はゼロに近い。マナ・アートを補完する目的で開発された「銃」という武器は、横並びに何十挺と並べて撃って、初めて効果があった。
それでもヴァレルは、ヘルガの身体が自分の背中に隠れるように位置を変える。ここはクランベルクなのだ。ただのマスケットだとは限らない。
「おまえたちの相手は、オレだ」
激しく思考を巡らせたヴァレルの目前に、赤い髪の士官が飛び込んできた。士官はすでに剣を抜き放っており、ヴァレルの剣の間合いギリギリのところで足を止める。
肩まで伸ばした赤い髪と碧色の目。厚手の布で作られた儀礼用の軍服には、肩と襟のところに金糸のラインが見える。左手に握られたサーベル状の剣には、刀身の根元から鍔、そして柄に跨がって、十字架が浮き彫りにされていた。十字架の中心には、縦に三つ連なるように、水色の中枢結晶体が埋め込まれている。
「おいおい、抜き身の剣とは物騒だな。後ろの奴らも、撃つ気満々って感じだけどさ―――あんたら、どこまで本気なんだよ?」
「それは、君次第だな」
碧色の目が、警告のシグナルを灯す。
「ヴァレル・マグナス―――乗客名簿には、士官候補生と書いてあったな。だったら、君にも理解できるだろう? 我々クランベルク軍は、首都に災いをもたらす者を全力で排除する」
どうやら、軽口で躱せる相手ではないようだ。ヴァレルはニヤリと笑った。
「オレが剣を抜いたら、『災いをもたらす者』と判断するのか? クランベルクでは、どこで誰が武器を持とうと、自由なんだろう?」
「その判断は、兵士に一任されている―――ヴァレル。焦らして、隙を作ろうとしても、無駄なことだ。私も、私の部下も、言葉で翻弄しようとする輩には、慣れている」
「そいつは、残念だな……」
他の乗客たちは、すでに退出しており、部屋に野次馬は残っていなかった。ヴァレルは目敏く、それを確認してから、赤い中枢結晶体が埋め込まれた剣を抜き放つ。
「これで、後戻りはできない。そうだよな?」
「当然だ。相手に切り掛かられるまで判断を待つのは、愚か者だけだ。君が武装技術の使い手であることは、先刻承知している」
士官のサーベルに浮き彫りにされた十字架。そこに並ぶ三つの宝石が同時に輝くと、青白い炎のような光が、剣と士官の身体を包み込んだ。
ヴァレルは切先を下に向けたまま、まだ身構えてすらいない。
「オレの方だけ、一方的に知られているのは、不公平だと思わないか? せめて、あんたの名前くらい、教えてくれよ?」
ヴァレルが考えていたのは、言葉とは別のことだった。相手の反応を探りながら、思考を巡らせる。
士官と乱戦になれば、後ろの兵士たちは同士討ちを恐れて銃を撃てなくなる。しかし、そうなれば二挺の銃は、躊躇いなくヘルガの背中を狙うだろう。
だからと言って、ヘルガを銃から庇うために行動範囲を狭めながら、かつ、目の前の士官の相手ができると思うほど、さすがに自惚れてはいなかった―――そうなれば、選択肢は限られてくる。
「良いだろう。クランベルク近衛軍中尉、アストリアス・エストランダだ」
律儀に応える士官に、ヴァレルは内心でほくそ笑んだ―――なるほどね。この男の性格は良く解った。
「へえ。ご大層な名前だな。じゃあ、アストリアス―――今から投降するから、見逃してくれないか?」
ヴァレルは剣を下向きに持ったまま、士官の方に、ゆっくりと歩き出す。
「……何の冗談だ?」
士官は疑わしげに睨み、警戒を解かなかった。水色の光を放つサーベルを、正面に構えて、ヴァレルが近づくのを阻もうとする。しかし、無抵抗な相手に対して、いきなり切り掛かろうとはしなかった。
ヴァレルは力を抜いて、無抵抗の意思を表すように、剣の握りを緩めた。何食わぬ顔で、士官の剣先を避けて、さらに近づいていく。
―――流石だな、アストリアス。ホント、あんたは騎士みたいで、やり易いぜ。
次の瞬間。ヴァレルは剣の柄を握り締めて、最大限のマナを注ぎ込んだ。柄に埋め込まれた中枢結晶体から、濃く赤い光が噴き出したかと思うと、光が剣全体を包み込んで、それ自体が刃のような形になる。
「悪いな、アストリアス!」
ヴァレルは最速の一撃を下から振り上げて、士官の剣を狙った―――。
不意打ちで士官の剣を跳ね飛ばして、人質に取る。これがヴァレルの計略だった。三人を相手にした上で、ヘルガと対峙する男まで止める方法は、他にはない。まともに戦ってみたいという誘惑もあったが、今日のところは我慢するつもりだった。
無論、軍の人間を人質に取れば立派な犯罪者の仲間入りになるが、そちらの問題は現状を打破してから後で考えれば良い。恐らく、犯罪者としてクランベルクを追われることになるだろうが、そのくらいの覚悟は、いつでもできていた。
しかし―――ヴァレルの思惑は、完全に外れた。
「汚いやり方ではあるが、タイミングは間違っていなかった」
士官の水色に輝くサーベルが、ヴァレルの一撃を受け止めていた。ヴァレルに懐に入り込まれて、サーベルを自在に動かせるスペースはなかった。ヴァレル自身ですら、初めから狙っていなければ、まともな一撃を見舞うには窮屈な間合いだったのだ。
それでも、士官は事も無げに、ヴァレルの剣を受け止めた。細身の剣とは思えない、ずっしりとした重い感触が、ヴァレルの真紅の長剣を押し返してくる。
「しかし、私の技量を読み間違えたな。その程度の剣撃など、クランベルクでは通用しない」
「―――なるほどね!」
ヴァレルは相手の力を利用して、素早く後ろに跳んだ。士官は即座に反応すると、サーベルを構え直して、再び距離を詰めてくる。
「軽いサーベル相手だと、侮るべきではない。私に言わせれば、剣の重さに頼るなど、愚の骨頂だな」
今度は間合いが十分だ。士官が横に払った一撃は、残像が残るほど素早く、重かった。ヴァレルは両手で剣を握ることで、どうにか受け止めた。
「ホント、勉強になるぜ」
ヴァレルは奥歯を噛み締めながら、挑むように笑う。
「ほう。まだ軽口を言っていられるか―――なら、これでどうだ!」
士官は、さらに力を込めて、ヴァレルの剣を強引に押し退けた。そして、ガラ空きになったヴァレルの身体に、返しの一撃を叩き込む。
「っ、危ねえ!」
ヴァレルは反動を利用して飛び退くことで、どうにか避けた。だが、不自然な姿勢で着地した場所に、士官が追い討ちを掛ける。
突き上げるように放たれた次の一撃を、ヴァレルは剣の柄の部分で受け止めた。赤い色の宝石に、サーベルの切先が突き立てられている。
「……ほら、今度も受け止めたぜ……クランベルクの実力ってのも……この程度かよ?」
運動量以上に息が上がっている。ヴァレルは途切れ途切れの言葉を吐きながら、無理やり笑顔を作った。
士官は目を細めて、ヴァレルを見据える。サーベルが放つ水色の光が、輝きを増した。
「口を慎め、ヴァレル・マグナス―――中枢結晶体を破壊したら、貴様は終わりだ」
最早、銃の射線からヘルガを庇う余裕などなかった。それどころか、乱戦を利用して自分を撃たせないように動くことも侭ならない。
それでも、ヘルガを狙ってマスケット銃か撃たれたら、自分の身体で受け止めるつもりだが、本当にそれができるか、怪しいものだ。
―――ホント、絵に書いたような劣勢だぜ。
ヴァレルは、自分自身に対して、皮肉な笑みを浮かべる。結局、自分はこんなところで敗北するために、馬鹿げた挑戦をしたのか―――いや、そうじゃない。
「……破壊できたら、だろ?」
ヴァレルは全身から搾り出すようにして、マナを剣に集中するようにイメージした。それに呼応するように、剣の赤い光が濃くなり、赤黒く染まる。
このとき、士官は、ヴァレルの剣が重くなっていることに気づいた。自らもマナの力を強めたというのに、少しずつ、ほんの少しずつだが、サーベルが押し戻されている。
「馬鹿な―――貴様の力は、すでに見切ったはずだ」
ヴァレルは意地の悪い笑みを浮かべた。さらに力を込めて、士官の水色のサーベルを一気に押し退ける。
「信じられないって顔だな、アストリアス―――おまえこそ、オレの力を舐めてたんじゃないのか?」
直後に、ヴァレルは斜め下から上に懇親の一撃を振り上げた。士官はサーベルで受け止めるが、剛剣に跳ね上げられ、どうにか柄を放さないのが精一杯だった。
「オレが、自分の望むものを手に入れられるとしたら。アストリアス―――おまえも恩人の一人だよ」
ヴァレルは真紅の長剣を、士官の頭に目掛けて振り下ろした。




