第四回 足の記憶
私は暫しキッチンのただならぬ薄暗さに自分のこれまで異様に長かった感覚のある幼少時代を重ね合わせるかのように想起したのであるが、何らかの具体的な像を結ぶ前にそれは雲散霧消したのであった。蝉の幼虫のように土の中に潜んでいるような具合であったが、それが殊の外、心地よいことも確かであった。
椅子に座って股間に女の足が伸びてくるところを幻視する。それはとても色っぽい女の足であった。親指が私の股間をきゅっと押し付けてくる。何気ない会話をしている内に義母がやってきたことであった。私はドギマギしたのであるが、義母はそんな私を見て興奮してきたようである。それは昨晩のことであるが、義母は何をしようとしているのだろうか。彼女は父がトイレに立つと気まずい沈黙の中、ニヤリと笑って「今度はじっくり感じてもらうから」と呟いたのだった。「この家に来て、あなたを見て、ああ、良かったって、思ったのよ」と、別の時であるが話してくれたこともあった。その時、私は普通に女性のよくやるお世辞かと思ったのであるが、どうやらもっとそれとは違う別の意味が含まれているようであった。それにしても、だったらどうして父と結婚したのであろう。小柄な三段腹のハゲ親父であったが、人間として可愛らしさがなくもなかった。彼女は父では物足りないということを確かに延々と匂わせてきていたのではあった。昔から父は性にやけに淡白なところがある。しかし、酒を飲むのは好きだった。というよりも、酒の席で軽口を言うのが好きなのであろう。一人の時は酒を飲まなかった。いつも、小難しい文芸書を読んでいた。私が文学に明るいのも父のおかげである。庸子さんか。この家をホストクラブと何かと勘違いしているのだろうか。いや、そんなはずはない。ふざけただけだろう。
多分、何も起こらない。起こったところで、責任が取れない。父が激怒するに決まっている。今、父と仲が悪くなったら、なかなかしんどい人生を送ることになりそうだ。ある程度、有名な大学でのほほんと四年間暮らしたいのである。そして、素敵な女の子を捕まえて結婚もしたい。そんなささやかな夢が、庸子によって壊されたくないのである。だから、もし今度そういうことをやってきたら、その場で「揶揄うな」と怒ることにしたい。何でそのワードが浮かんだかはわからないが、男が女に怒るとき、この言葉が一番効果があるということを、私は若輩者ながら知っていたのである。




