第二十八回 義母の誘惑 1
「おかえりなさい。遅かったのね」
庸子さんは、エプロン姿で台所に立っていた。父と再婚して、まだ三か月である。私はまだ、彼女を「お母さん」と呼べずにいた。庸子さんも、それを急かすようなことは一度も言わなかった。今日も、双乳は、はち切れんばかりに膨らんで、プルプル揺れている。
「友達と、ちょっと遠出してて」
「そう。お腹すいたでしょう。今日はね、鰈の煮付けよ」
食卓につくと、父はまだ帰っていなかった。庸子さんは、私の向かいに座って、自分は箸をつけずに、私が食べるのを眺めていた。私は、股間が少しムズムズするのを感じるが、慌てて理性で押し留める。
「おいしい?」
「うん。おいしいです」
「よかった」
庸子さんは、ふわりと笑った。それから、ふと私の顔をのぞきこむようにして言った。
「直人君。あなた、なんだか磯の匂いがするわね」
私は箸を止めた。
「……磯、ですか」
「ごめんなさい、変なこと言って。川とかに釣りに行ってたのかなと思って」
庸子さんは、それ以上は何も聞かなかった。ただ、私の湯呑みにお茶を注ぎ足しながら、独り言のように言った。
「遠いところへ行くとね、帰ってきたあとで、ちょっと疲れるのよ。体じゃなくて、心のほうが。そういう時は、早く寝て、何も考えないのが一番」
「何も考えない」
「そう。何も考えないで、ぐっすり眠るの。朝になったら、だいたいのことは、どうでもよくなってるから」
どこかで聞いたような言葉だと思った。ペヤング先生の車の中か、白樺台の池のほとりか。いや、もっと前だ。何もせぬことが一番むずかしい、と言ったのは誰だったか。思い出そうとしたが、うまく思い出せなかった。庸子さんは、空になった私の茶碗を、やさしく取り上げた。
「おかわり、する?」
「はい」
ご飯をよそってから、彼女も箸をつけるのであった。焼いたウィンナーをまず、口の中に入れて、そして、半分齧りとる。その切れ端を美味しそうに味わってから、残りを入れるのであった。そのままでは、醤油っ気が多いので、緩和するために、ご飯を入れるのであった。
「どうした?私、何かした」
「あ、いえ。何でもないです」
との返事に嫣然と微笑むのであった。これは、何かが起きそうな危険な予感しかしない。しかも、彼女は敢えてちょっかいを出してこない。いつでも食べらるとでも思っているのだろう。




