第二十二回 苦悩
「つまるところ、カフカ君。君は、悪魔のような人生の苦悩を上手く小説化したってことになるんだよ。後世の評価は、それであなたを最上の作家に推す向きもあるけど、どう思うかね」
「宇宙的な見地からしたら、大したことじゃないんだよ。私は人生の途中で、こんなものどうでもいいや。ってことに気づいたんだよね。それで良かったのかもしれない。だって、長い歴史の目で見ればねえ」
「ひょっとして、あなたが言いたいのは、あなたがもし長生きしたら、何が起こったかってことですか」
「そうなんだよ。我々ユダヤ民族が、最悪の目に遭うだろう。私が仮に長生きしたら、それは私の人生に大きな影を落とすことになっただろう」
「あなたの小説は、実は、あの頃のユダヤ民族の断末魔の悲鳴みたいなものだったと。現に妹さん三人が無惨な結果になってしまっていますからね」
「そうなんだよ。私の小説が何故、悪夢のようなバッドエンドしか書かれなかったのか。これは、私がユダヤ人たちの深層心理を受け取ったからなんでしょうね」
「それこそ、作家が、時代を表したってことになるのでしょうねえ」
「うん。でもねえ。結局、残るんだったらもっと、ちゃんと書いていたのになあ。ってのはあったね。ものを書く以上は、残ると思って書くべきなんでしょうね。まさか、これほど有名になって、ノートまで分析されるとほ思わなかったから」
「自分の死と自分が人生に失敗することを繰り返し繰り返し書かれてますね」
「人生なんてものは、どう転がったって、大したことはないんだよ。ある程度の年齢を経たら、自分の成功なんて、ろくでもないって気づきますよ。しかも、僕はね。生前に成功しなかったから、ああいうのを書けたんだよ」
「そこが作品の苦悩を深めていると」
「ああ。苦悩と葛藤が小説の最大の調味料なんだよ。とにかく悩め、苦しめってことだよね」
「バッドエンドの美学ってありますよね」
「あるね。私はね。現実世界に分断と切れ込みを入れたんだよ。日本が産んだ最大の詩人、松尾芭蕉と同じだよね」
「松尾芭蕉は、杜甫を意識していたって、話がありますね。確かにあなたを含めてお三方は、系統が似ている感じがする」
「絶望の深さってことかな。苦悩の実感ってことでしょうね」
「ありがとうございました」
「さっきから、ずっと聞いていたんだけど、降霊術よね。それ」
二人が会話を終えると、沙耶香が教室に入ってきたのだった。そして、武彦に、
「ハイポリアの王様を今度は呼んでください」
と言ってきたのだった。




