第二十一回 カフカ
「カフカねえ。
ちょっと文学青年すぎるなあ。誰もが通る道じゃないか」
と武彦は言った。翌日、午後の昼下り、もう少しで授業が始まろうという時であった。武彦は、私の後ろの席にいる。猪首の太った男である。野球部のキャッチャーをやっていたが、腕を痛めて、今はサイクリング部に転部していた。
「でも、俺は最近あの人に夢中なんだよ。あの病弱そうな顔つきがいいじゃないか。そして、あの作品全てに漂う青白い不気味さ。そして、本来なら『失踪者』ってタイトルなのに、何でアメリカと名付けられていたのか。解説によると、友人のマックス・ブロートのおせっかいらしいが、カフカ本人の意見も聞きたいのさ」
「ふむ。でも、まず、作品を炎の中に入れてくれと言ったのに、焼かなかったことに関して聞きたいね」
「いや。そこは大した問題じゃないんだよ。それは焼かないに決まっているじゃないか。自信があったに決まっているんだよ。そして、友人もそれを知っていた。だから、焼くはずがないんだ。そもそも、焼くつもりなら自分で焼いた方が確実だろう。なぜ、他人に委ねたのかって話なんだよ」
「なるほどね。じゃあ、アメリカについて聞けばいいんだな」
「そうだね。頼むよ」
「わかった」
と武彦は快諾したのだった。
放課後、二人以外、誰もいない西日の差す教室で、武彦は何やら呪文を唱えるのであった。そして、少し伏し目がちで、かぶりつくようにこっちを見る。
「私がカフカだが」
「あっ。カフカさん。ご足労かけて、申し訳ないです」
「いいってことよ。で、聞きたいことは何なのだ」
「アメリカについてなんですよ。何であなたの友人はアメリカなんてつけたんですか」
「アメリカの話だからだろ」
「でも、あなたは『失踪者』とつけて、いらっしゃいましたよね」
「ああ。失踪する話だからな」
「何でアメリカなんだろう」
「いや。それは私に聞いてもわからないだろう。あいつに聞かないと」
「いや。僕はカフカさんがどんな気持ちだったかを知りたくて」
「気持ちもなにも、私の作品を焼いてくれって、命令したくらいだからな。どうだったって良いんだよ」
「あなたは、そう。自分の作品なんかどうだっていい。って境地に辿り着いてましたよね」
「ああ」
と武彦ではなく、カフカは憂鬱そうに答えた。そんなに作品が認められても嬉しそうではなかった。




