↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
実存的転生  作者: ウィリアム輝夫
デート
15/34

第十五回 注文


 メニューは手書きで、紙は少し黄ばんでいた。コーヒーの種類がやたらと多く、私には違いがさっぱりわからない。ブレンド、マンデリン、モカ、キリマンジャロ。読んでいるうちに、どれも同じ茶色い液体に思えてくるのであった。


「決まった?」

「うーん。じゃあ、ブレンドで」

「無難だね」

「無難が一番なんだよ。冒険は危険だ」

「カフカ好きの人の発言とは思えない」


 沙耶香はくすっと笑って、マスターの方に軽く手を挙げた。マスターがゆっくりとやってくる。


「ブレンドをひとつと、それから、紅茶を」

「いつもの、ですね」


 マスターが低い声で言った。やはり常連なのだ。沙耶香は頷いて、それから少しだけ声をひそめた。


「カップは、あの青いのでお願いします」

「承知しました」


 マスターは何も聞き返さずに戻っていった。


「青いカップ?」

「うん。あれじゃないと、ちょっとね」

「こだわるなあ」

「こだわるんだよ、私は」


 しばらくして運ばれてきたのは、私の前には白い厚手のカップ、沙耶香の前には、深い青に金の縁取りが施された、薄い磁器のカップであった。頭上の織物と、同じ色をしている。


 沙耶香はすぐには口をつけなかった。まずカップを両手で包むように持ち上げ、香りを確かめる。それから、ソーサーの位置をほんの少しずらして、取っ手を自分の左側に向け直した。背筋がすっと伸びて、さっきまでチョップをかましてきた女の子とは、まるで別人のように見えたのであった。


「なんか、所作がきれいだね」

「そう?」

「うん。お嬢様みたい」

「お嬢様、かあ」


 沙耶香は紅茶を一口含んで、ふふっと笑った。


「惜しいね」

「惜しいって、何が」

「お嬢様よりは、もうちょっと上かな」

「社長令嬢とか?」

「もっと上」

「……総理大臣の娘?」

「もっともっと上」


 私はブレンドをすすりながら、首をひねった。苦い。思ったより苦い。


「降参。わからない」

「霧谷君」


 沙耶香はカップをそっとソーサーに戻した。陶器の触れ合う、小さく澄んだ音がした。


「さっき、終わらない物語の話をしたでしょ」

「うん」

「輪廻転生とか、物語は終わらないとか」

「言ったね」

「じゃあ、笑わないで聞いてくれる?」


 彼女の目は、もう笑っていなかった。林の中で狛犬を撫でていた時と、同じ目をしていた。


「笑わないよ」

「本当に?」

「本当に」


 沙耶香は一度だけ、頭上の織物を見上げた。それから、まっすぐに私を見た。


「私ね、昔、お姫様だったの」


 私はそのとんでも発言を聞いてどう答えて良いかわからなかった。というよりもそこに正解はなかったであろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。