第十一回 沙耶香の登場
ふんわりといきなりレモンの香りがしたので振り向くと、沙耶香が太陽の照り返した汗を輝かせて、微笑んでいた。しかも、信じられないことに、UFOの遊具のハンドルを思いっきり掴んで、回転させてきたのである。
「キャハハハハ」
思いもよらない奇襲攻撃であった。まさか、あれほど危惧していた恥ずかしい展開を向こうの方から逆手にとってやってくるとは、私の中での沙耶香に対する固定観念がガラガラ崩れ落ちてゆくのであった。彼女は黄緑色のワンピースの裾を揺らして楽しんでいる。
「さてと」
私が唖然としているので沙耶香はこっちまでやってきたのであった。古びた木製のベンチで少し傾いていてギシギシ音がする。白い小さな革の鞄を手にして、エメラルド色のブローチをワンポイントで飾り付け、ブーツを履いているので気合が入っていることは確かであった。
「こんな時は、一緒に楽しまなきゃダメなんだぞ」
「うん。わかってはいるんだ。でも、急だからなあ」
「それでも、テンション上げていかないと」
「いや、そういうのが、しんどいんだよ」
「若者だろ」
「うん。でも、ほら、俺、早生まれだから」
「関係ないぞ」
というと、今度はチョップをかましてきた。もちろん、そんなに重たいチョップではない。
「痛っ」
「痛くないだろ。手加減したもん」
「いや、気持ちが痛いんだよ」
「なにそれ」
沙耶香はくすくす笑いながら、私の隣に腰をおろした。ベンチがまたギシッと鳴って、二人そろって少しだけ傾いた。
「それにしても、よく俺がここにいるってわかったな」
「わかるよ。どうせ待ち合わせの三十分前から来てるんでしょ」
「……二十分前だよ」
「ほら、やっぱり」
図星であった。私は返す言葉もなく、雲ひとつない青空を見上げた。
「ねえ、今日はどこ行くか決めてる?」
「いや、特には」
「じゃあ、私が決めていい?」
「お手柔らかに頼むよ」
「うーん、それはどうかなあ」
沙耶香はいたずらっぽく笑って、白い鞄の留め金をパチンと鳴らした。その小さな音が、私にはなんだか今日一日の号砲のように聞こえたのであった。
「ちょっと散歩して喫茶店にでも行って、大事なことを話しましょうか」
「大事なこと」
「うん。私の死活問題なんだ」
「は?何それ」
「話は聞いてからのお楽しみ」
というと、私の腕に絡まってきたのであった。




