第十回 公園にて
そして、ようやく公園にたどり着いたのであった。歩いてて無限にどこにも到達しなかったらそれもそれで面白いのであるが、いつかはゴールに着くことになるのだ。この公園は、小学生の頃、通学途中でよく見かけており、UFO公園と呼ばれていた。真ん中の遊園地のティーカップみたいな遊具のせいである。たまたまた誰もいないので、私は一人で中央のテーブルみたいなハンドルを、回してみることにしたのであった。
すると意外にもエキサイティングであり、風が吹いて爽快でとても楽しかった。周辺の景色がクルクル回っている。大きなビルディングや、個人商店のパン屋、ハンコ屋、自動販売機、スナックしんちゃん、などが、ブランコ、ジャングルジム、ベンチ、グランドなどと共に、過ぎ去っては現れ、また過ぎ去っては現れを繰り返し、初めは快感だったのであるが、段々と気持ち悪くなってきたのだった。
ふと、こんなところを沙耶香に見られたら恥ずかしいなと思った。たんなる子供ではないか。とは言っても高校二年生だから、こんなことくらいはするだろう。いや、おじさんだってするだろう。老人だってするかも知れない。誰だって遊びたい時には遊ぶものである。そもそもがデートをする方がよっぽど恥ずかしいではないか。
私は、ちょっとフラフラになりながら、ベンチに座って呼吸を整えるのであった。そして、沙耶香に怯えている自分を再発見するのであった。でも、そうしたら義母の庸子に慰めてもらおう。向こうは邪なことを考えているかも知れないが、構わない。あのメロン乳に顔を埋めたい。いや、でも、若い女の子の方が良いに決まっている。
長期的に考えてみれば、庸子は40であり、私は16であるから、24歳差もあるのだ。しかし、それは芸能界などではよく聞く話である。女性は、死ぬまでそういうことは大丈夫なのらしい。誰かが話していた。というか、まあ、受け入れるだけなのだから、確実にこっちが動かないと何にもならないのであるから、負担が少ないというのはある。
いかん。何でシミュレーションしているのだろうか。どう考えても、沙耶香の方が良いに決まっているではないか。それは、メロン乳ではないかも知れないが、それなりに実っているはずである。あんなものはすぐ垂れてくるのだ。期待してはいけない。むしろ、ない方が良い。大切なのは、反応がいかに敏感かということである。そこに興奮を覚えるのが男なのである。




