四女 エルザ
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ヴァルハイト侯爵家の四女・エルザは、家族の中で「誰よりも学問にひたむきで熱心な令嬢」として愛されていた。
社交界の華やかなドレスや噂話には一切興味を示さず、図書室に籠もっては古文書を解読し、歴史や領地経営の学術的論文を執筆することに情熱を注ぐ日々。
個性豊かな兄姉たちが凄烈な恋愛劇を繰り広げる傍らで、彼女は「私には大好きな研究がありますから」と己の可憐な美貌や恋愛を一切気にせず放置していたのだ。
そんなエルザの転機となったのは、知識人や実務派貴族が集まる学術会での「ある出会い」だった。
彼女はそこで提出された領地治水に関する論文に対し、持ち前の鋭い分析力で真っ向から異論を唱えた。
その論文の執筆者であり、裏でその学術会を主宰していた新進気鋭の公爵・エドガーと、激しい学術的論争を繰り広げることになったのだ。
「エドガー様、あなたの論文にある灌漑計画……理論としては美しいですが、現場の地質データを軽視していますわ。机上の空論です」
初対面の公爵に向かって容赦なく反論するエルザ。
周囲が息を呑む中、エドガーは呆然とした後、不敵で熱い笑みを浮かべた。
「……面白い。私の論理の隙間をそこまで正確に突いてきたのは、ヴァルハイト侯爵令嬢、君が初めてだ」
互いの知性をぶつけ合う「学術的な出会い」。
エルザにとってそれは、単なる一知己との刺激的な議論に過ぎなかった。だが、エドガーにとっては違った。
論理的に言葉を紡ぎながらも無防備に瞳を輝かせる姿。
周りの評価など気にせず、ただ真理を追い求める真っ直ぐで凛とした姿、真っ直ぐに直向きな姿は杜若の様な佇まいだった。
学術的な情熱は、瞬く間に彼女という存在そのものへの深い執着へと変わっていったのだ。
「もしよろしければ、我が公爵家に眠る未公開文書の解読を手伝っていただけないだろうか」
兎に角彼女の興味を惹くもので口実を作り関係を繋がなくては
「まあ……! あの歴史的価値のある文書群を拝見できますの!?」
学術的探求心から二つ返事で頷くエルザ。だが、それはエドガーが仕掛けた甘い罠だった。
公爵邸の書庫に足繁く通うようになったエルザに侯爵は必ず侍女を連れて侯爵家の馬車で行き帰ることを条件に出した。
あらぬ噂を立てられては娘の未来が限られてしまうと考えてのことだった。
静まり返った二人きりの室内で、エドガーはわざと距離を詰め、肩が触れ合いそうなほど近くからじっと彼女の横顔を見つめる。
そんな日々を思い描いていたエドガーにとって他家の侍女を連れて来る事は想定内ではあるが予定外であった。
2人で一枚の羊皮紙を手に耳元に吹きかかる吐息や、ふとした瞬間に重ねられる手。
エドガーの視線には隠しきれない熱が籠もっているというのに、エルザは「エドガー様、この13世紀の記述なのですが!」と瞳を輝かせて羊皮紙を突き出すばかり。
息が詰まりそうな至近距離で無邪気に微笑む彼女に、エドガーは思わず眉間を押さえ、小さく溜め息をつく。触れられそうなのに届かない距離感に、胸の奥がキュッと締めつけられるような感覚を覚えながら、彼はただ苦笑するしかなかった。
(……この瞳に映っているのは、いつだって紙の上の文字だけか)
あたたかな夕刻の光が差し込む書庫。エドガーは侯爵家の侍女に侯爵宛の使いを頼んだ。
それは侯爵へエルザの今後について話し合いの場を設けてもらえないだろうかという大事な便りだったが、それすらもエルザとの距離を縮めるため侍女を遠ざける口実でもあった。
渋る侍女に当家の侍女をつけるからと言い送り出す。
夢中で羊皮紙を繰るエルザは侍女が離れたことすら気づいていない。
エルザの横顔をじっと見つめていたエドガーは、そっと机に手を伸ばすと、開かれた文献の上に優しく自分の手を重ねた。
文字が遮られ、エルザが「あ……」と声を漏らして不満そうに顔を上げる。だが、視線を上げた先にあったのは、いつもよりずっと近く、困ったように優しく揺れるエドガーの瞳だった。
「エドガー……様……?」
どこか切なさを含んだ彼の眼差しに射抜かれ、エルザの言葉がピタリと止まる。
エドガーは重ねた手からそのまま彼女の細い指先へと滑らせると、壊れ物を扱うようにそっと自分の手の中に包み込んだ。
「ねえ、エルザ嬢。少しだけ……文献から目を離して、俺を見てはくれないか」
低い声が静かな部屋に鼓膜を揺らすように響き、肌から伝わる男らしい熱に、エルザの胸がドクンと激しく跳ね上がる。
(心拍数の急激な上昇、体温の上昇……思考の麻痺。これは……何かの疾患……? いいえ、違う……)
いつもなら客観的なデータとして処理するはずの自分の身体的変化。
しかし、目の前で愛おしそうに自分を見つめるエドガーの熱い瞳から目が離せなくなった瞬間、エルザの脳裏に電撃のような答えがひらめいた。
(私……エドガー様のことが……ドキドキしてお顔すらまともに拝見出来ない……!?)
これまで文字の世界にしかなかったはずの「恋」という現象が、一気に自分の内側を満たしていく。
己の気持ちを完全に自覚した途端、頭の中が真っ白になり、顔が耳の裏まで真っ赤に染まった。
「俺がなぜ、我が家に眠る貴重な資料をすべて君だけに明かし、こうして毎日二人きりで過ごしてきたと思う? ……君の視線が、ほんの少しでも俺に向くのを待っていたんだ」
「あ、あの……! 私、私は……っ」
あまりの恥ずかしさと自覚したばかりの甘い感情に戸惑い、いつもの冷静な論理的思考はどこかへ吹き飛んでしまう。上気した顔で視線を彷徨わせるエルザの唇に、エドガーはそっと指先を優しく添えて言葉を遮った。
「共同研究は、君の隣に居続けるための口気に過ぎないよ。……もう、ただの協力者の振りをし続けるのは限界だ」
——と、その時だった。
「ちょっと! エドガー様、私の可愛い妹をいじめないでくださる!?」
書庫の扉が勢いよく開かれ、侍女の姿に変装した三女シルヴィアが腕を組んで踏み込んできた。
「し、シルヴィア姉様!? なぜここに……」
「宮廷での侍女の仕事を抜け出して様子を見に来てみれば……もう、本当にエルザったら! 研究にはあんなに冴えているのに、自分のことになるとどこまで疎いの!」
シルヴィアはエルザのもとへ駆け寄ると、愛おしそうにその頬を両手で優しく包み込んだ。宮廷で揉まれながらも、下の妹たちを誰よりも溺愛しているシルヴィアである。
「貴女のそのひたむきで純粋なところが、どれだけ相手を惑わせているか分かっているの? 自分の魅力も放ったらかしで夢中になる貴女を、エドガー様がどれだけ切ない目で見つめていたか……私には全部お見通しだったんだからね。……ふふ、でも今の顔を見れば、ちゃんと自覚できたみたいね?」
「なっ……! 姉様、違います、これは……っ!」
頬を赤く染めて慌てる妹の姿に満足したシルヴィアは、エドガーに向き直りニヤリと悪戯っぽく微笑んだ。
「エドガー様! 私の大切で可愛い妹を怖がらせたら許しませんわよ? ……でも、合格ですわ。ちゃんと捕まえちゃってくださいな!」
「ふ……助かるよ、義理の姉上」
「誰が義理の姉上よ! さあ、お邪魔虫は消えますわね!」
とびきりの笑顔で祝福を贈ると、シルヴィアは颯爽と退室していった。
あとに残された書庫。エドガーは自分の恋心を自覚してうつむくエルザの指先をもう一度すくい上げると、愛おしそうに静かな口づけを落とした。
「——さあ、エルザ嬢。姉君からの許可も出た。今度は君が自覚してくれたその気持ちを、生涯かけてじっくり深めてもらおうか」
文献の海に夢中だった四女・エルザ。
知的な出会いから始まり、自らの恋心に気づいた彼女を待っていたのは、甘く切ない想いを募らせていた男からの深い求愛と、溺愛する姉からのあたたかな祝福だった。
エドガーから便りを受け取った侯爵は何かを察したのか即刻奥方を連れて公爵家を訪ねてきた。
本来なら返事を返し改めて期日を決めて訪れて来るところ、便りを受け取った後すぐそちらへ伺いますと先触れとほぼ変わらない時刻に屋敷を出た様だった。
車寄せでシルヴィアとすれ違ったのを見て出遅れたかと思う反面シルヴィアどうやって知ったのだと彼女の情報網の広さにため息をついたのだった。
エドガーに簡単に娘はやらんと言いに来た侯爵は、両親が急遽お越しになりましたと聞き出迎えた娘の顔を見るなり、これは…もう来るのが遅かったか……と祝福するしかないと思いつつも、簡単には手放さんからなという圧をエドガーに放つのだった。
エドガーは姉の次は侯爵かと思いつつ、侯爵が娘に関する全ての権利を持っている事を改めて認識し、何が何でも認めて貰わねば二度と会わせてもらうことすら叶わなくなると居住まいをただした。
突如来訪した侯爵夫妻を冷や汗を流しながらも笑顔で歓迎し、即刻来訪した夫妻に対して、策略を巡らせ考えていただけでは認めてもらえないなとエルザに対する気持ち全てを曝け出した。
その時エルザは真っ赤な顔をしつつこんなに愛されているのだなんてと幸せそうに寄り添っていた。
エドガーは侯爵に対して、何をおいてもエルザを最優先し、彼女のやりたい事を見守り、決して邪魔しない事、彼女に社交をお願いはしても無理強いはしない事等をはじめとした様々な約束ごとを書面でしるし、侯爵家に対しては侯爵家所有の鉱山からでた原石を加工と公爵家が抱えている優秀な彫金士によりジュエリーにし、侯爵家の持つ商会へ独占的に卸すことで何とか婚約を認めてもらえた。
侯爵家は石を出せばジュエリーになって商会へ戻って来るという事である。
かなりの破格の条件に娘を対する執着を感じつつも、娘を最優先にする事を契約書に盛り込んでおり、エルザが嫌だと言えばいつでも婚約破棄させますからねと帰って行った。
もちろん姉の時とは違い屋敷になんて結婚するまで住まわせませんよと釘を刺して帰って行った。




