三女 シルヴィア 14
翌朝。
秋の澄んだ秋晴れの光が王妃宮の廊下に差し込む中、クレマンとシルヴィアは並んで王妃の私室の前へと立っていた。
いつもなら完璧な公務の顔で淡々と報告をこなす二人だが、今日ばかりはわずかに緊張した空気が漂っている。
シルヴィアがそっとノックを鳴らし、室内からの許可を得て入室すると、美しいソファーでハーブティーを嗜んでいた王妃が優やかに二人を迎えた。
「あら、クレマン宮廷伯。外遊からお戻りになってすぐに顔を見せてくれるなんて珍しいことですわね。シルヴィアも、報告書は無事に届いたかしら?」
「はい、王妃様。報告書の提出は滞りなく完了いたしました。……本日は公務とは別に、私ども二人より、王妃様にぜひお伝えしたいことがございまして伺いました」
シルヴィアが一歩前へ出て淑やかに一礼すると、隣に立つクレマンもまた、深く恭しい礼を捧げた。
「王妃様。長らくご心配をおかけいたしました。……私ども二人は、お互いを生涯の伴侶と定める約束をいたしました。つきましては、後任の侍女の育成と引き継ぎが完了し次第、シルヴィアを筆頭侍女の職から解き、私の妻として迎えたいと考えております」
クレマンの微動だにしない真摯な言葉を聞いた瞬間、王妃は手にしていたティーカップをそっとソーサーに戻し、思わず呆れたような、けれど心底おかしそうな吐息を漏らした。
「……まあ。やっと、お互いに素直になれましたのね」
「王妃様……?」
予期せぬ反応にシルヴィアが少し目を丸くすると、王妃はくすくすと楽しそうに微笑んだ。
「当たり前でしょう? 誰も貴女たちの仲を反対などしておりませんでしたのに、お互いに『完璧な筆頭侍女』と『完璧な宮廷伯』を演じるあまり、勝手に立場や矜持を言い訳にしてすれ違っていただけではありませんか。クレマン卿も、大事な私の筆頭侍女に連絡の一本も寄こさず旅立つなんて、どれほどシルヴィアをヤキモキさせたか分かっていらっしゃいますの?」
「……ぐ、ぐうの音も出ません。私の配慮が至らず、すべては私の不器用さが招いた事態でございます」
あの冷徹無比と恐れられるクレマンが、王妃の前で耳まで赤くして心底申し訳なさそうに頭を下げている。そのあまりに生真面目で愛くるしい姿に、シルヴィアも思わず口元をほころばせた。
「ふふ、王妃様。クレマン様も大変反省しておられますので、どうかそのあたりで……」
「あら、シルヴィアまでもう庇うのですか? まったく、二人して宮廷一の切れ者などと呼ばれながら、恋愛となると途端に初々しく不器用になるのですから」
王妃は楽しそうに目を細めると、表情を和らげ、二人を優しく見つめた。
「おめでとう、シルヴィア、クレマン卿。貴女が王妃宮を去るのは寂しいけれど……これからは自分の幸せのために、その誇り高い手を重ね合わせなさい」
「温かいお言葉、誠にありがとうございます」
二人揃って深く一礼を捧げた。
王妃宮を後にし、静かな回廊を歩き出す二人。
もうそこには、互いを縛り付ける過剰な気遣いも、無駄な矜持の壁もない。
「……王妃様には、すべてお見通しだったようですわね、クレマン様」
「ああ。面目ない……まさかここまで酷く呆れられるとは思わなかった」
苦笑いを浮かべるクレマンの手元へ、シルヴィアはそっと己の手を滑らせ、その指をしっかりと絡め合わせた。
「ですが、これからはもう、二人で勝手に難しく考えることもございません。……そうでしょう?」
指先から伝わる温もりに、クレマンは愛おしさを込めて握り返す。
「ああ。これからはどんな些細なことでも、ただ君に言葉を尽くそう。……私の愛しい妻へ」
秋の穏やかな日差しが、ようやく素直になれた不器用な二人を、優しく包み込んでいた。




