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行き倒れていた美青年を助けたら、記憶喪失の王子様でした。……いや、顔が良すぎて生活に支障が出るんですけど!  作者: マサッチ


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第5章:【回想】エルディアの落日

前回までのあらすじ:


下町のアパートで暗殺部隊『オブシディアン・クロウズ』の

強襲を受けたリナとハル。


丸腰のハルは高度な王宮格闘術で敵を圧倒するが、

リナが庇われた際に負傷し流血。

その血を見た瞬間、ハルの脳裏に、

同じ組織に妹が自分を庇って殺された凄惨な記憶が

フラッシュバックする。


青い瞳から光が消え、

冷酷な戦闘マシーンとして覚醒したハルは、

圧倒的な力で暗殺者を蹂躙・撃退。


記憶を取り戻した彼は、

自分が第一王子ハルトであることをリナに明かし、

これ以上彼女を危険に晒さないため、


あまりにも残酷な別れを告げる……

1.震える天才


王宮が業火に焼かれたあの日。


第2皇子レオポルド――レオは、誰よりも早くその『死の気配』を

嗅ぎ取っていた。


彼の異常なまでに鋭い勘は、煙の匂いが漂うよりも前に、

王宮を包み込むどす黒い殺意と裏切りの気配を察知していたのだ。


兄ハルトと同じ、月光を編んだような美しい銀髪が、

窓から差し込む炎の赤に染まっている。


彼が震える両手で握りしめているのは、

王宮の騎士が持つような立派な剣ではない。

しかし、彼がひとたびその剣を振るえば、

無造作な一撃であっても分厚い岩壁を両断してしまう。

彼には、歴代の王族の中でも類を見ないほどの、

圧倒的な剣の天賦の才が宿っていた。


だが――カタカタと、刃が鳴っている。


彼の指先は、生まれたての小鹿のように激しく震え、

立っていることすらやっとの状態だった。


「どうすれば……どうすればいい……っ!

 父上……母上……兄さんっ!」


鋭すぎる勘が災いし、扉の向こうで起きている惨劇が

手に取るようにわかってしまう。


血の匂い、親しい近衛兵たちの断末魔、

そして迫り来る暗殺者たちの冷酷な足音。

レオには、次に何をすべきかを導き出す知性も、

戦況を打破する決断力もなかった。

ただ凄まじい暴力をその身に宿しながら、

心は「恐怖」という名の鎖でがんじがらめにされた、

臆病で哀れな少年だった。


「兄さんなら……ハルト兄さんなら、こんな時……!」


無敵の『戦神』と讃えられる兄。

レオは誰よりも兄を慕い、

いつもその背中を誇らしく追いかけていた。


自分もいつか、兄のように勇敢に戦えると信じていた。

しかし、いざ絶望が本当の牙を剥いた時、

彼の足は床に縫い付けられたように動かなかったのだ。


ドシャッ、と。

扉の外で、最後まで彼を守ろうとした近衛兵が

切り伏せられる重い音が響いた。


「う、うわあああああああっ!!

 ごめんなさい、ごめんなさい兄さんっ!!」


恐怖に耐えかね、ついにレオの感情が限界を超えた。

悲鳴を上げながら、彼は目を閉じたまま、

本能に任せて剣をめちゃくちゃに振り回した。


そのデタラメな一撃から放たれた衝撃波は、

重厚な扉ごと、向こう側にいた暗殺者たちを

嵐のように吹き飛ばし、肉塊に変えた。


皮肉にも、宝の持ち腐れであったその規格外の力が、

血路を開いてしまったのだ。


「ひっ、ああっ……!」


レオは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、

ただガムシャラに血塗られた廊下を駆け抜け、

死に物狂いで王宮を脱出した。


しかし、恐怖に震えながら彼がようやく外の空気を吸った時


――すでにエルディア王国の心臓部は、

無残に事切れていたのである。





2.師団長バルトスの最期


王宮の深部


王妃セレーナと王女リアナの寝所へと続く回廊は、

もはや静謐な聖域ではなかった。

立ち込める血の匂いと、暗闇から這い出す刺客たちの殺気が、

エルディアの終焉を告げていた。


そこには、息も絶え絶えに剣を構えるハルトの姿があった。

既に数多の敵を斬り伏せ、

その銀髪は返り血でどす黒く染まっている。

その背後に、凶刃が迫った。


「死ね、堕ちた英雄よ」


『ジ・オブシディアン・クロウズ(黒蝕の鴉)』の団長、

カイン・ザ・シャドウの漆黒の刃が、無防備なハルトの背を捉える。


「兄様、危ないっ!」


鋭い叫びと共に、ハルトの視界を妹・リアナの細い体が遮った。

鈍い音と共に、カインの刃が彼女の胸を深く貫く。


「リアナ……!? なぜ、どうして……っ!」


崩れ落ちる妹を抱きかかえたハルトの手に、

温かく重い感触が伝わる。


リアナは苦しい息の下で、最期に穏やかな微笑みを浮かべた。


「……生きて、兄様。

 あなたは……この国の、希望だから……」


愛する妹が腕の中で物言わぬ骸と化した瞬間、

ハルトの心の一部が音を立てて死んだ。


「よくも……よくもリアナをォ!!」


絶叫するハルトの前に、巨躯が立ちはだかった。


王宮近衛師団長、バルトス・リード。


「殿下、下がられよ!ここは私がお引き受けする!」


バルトスの全身には既に100箇所近い傷が刻まれていた。

内務卿ギデオンが放った100人の「鴉」たちを、

彼はたった一人で、

文字通り肉の壁となって押し止めていたのだ。


そこへ、別の戦域から血路を開いて駆けつけた男がいた。

バルトスの息子であり、ハルトの唯一無二の親友、

セドリック・リードである。


「父上!リアナ様ッ……!?」


惨状を目にしたセドリックの顔が驚愕に歪む。

バルトスは振り返ることなく、

地を這うような低い声で息子に命じた。


「セドリック、ハルト殿下をお連れしろ。

 ……生きて、再起の時を待つのだ」


「しかし、父上を置いてなど!」


「行けッ!! これは師団長としての命令だ。

 リード家の誇りを、王国の未来を……その方に託せ!」


バルトスの咆哮に弾かれたように、

セドリックは断腸の思いでハルトの腕を掴んだ。


「……くそっ! 申し訳ありません、

 父上! ハルト王子、行きましょう!」


茫然自失のハルトを半ば引きずるようにして、

セドリックは裏通路へと駆け出す。

ハルトの背後で、

父バルトスがカインの追撃を真っ向から受け止める背中が見えた。


「……ここを通したくば、我が魂を斬ってからにせよ」


バルトスの愛剣が闇を裂き、カインの漆黒の刃と火花を散らす。

背後で響く絶叫と金属音。

ハルトとセドリックが王宮の影に消えるまで、

その「楯」が揺らぐことはなかった。


やがて、静寂が訪れた。


バルトス・リードは、壁に背を預けたまま、

愛剣を杖代わりに立ち尽くしていた。

胸を貫かれ、五臓六腑を焼かれてもなお、

その瞳は逆賊たちを威圧するように開かれたままだ。


死してなお倒れず、王家を守る不落の門衛として。


その壮絶な立ち往生を前に、

カインを始めとする暗殺者たちは、

誰一人としてその遺体に近寄ることすらできなかった。


鋼の意志を貫いた男の散華。


それが、エルディアの長い夜の始まりだった。





3.絶望の刻印


業火に舐め尽くされる王宮。


崩れ落ちる柱の向こう側で、ハルトの網膜に焼き付いたのは、

内務卿ギデオンの氷のように冷ややかな嘲笑だった。

王国の転覆という大逆を成し遂げながら、

その男の顔には狂気すらなく、

ただ路傍の石を蹴りのけたかのような

無慈悲な優越感だけが張り付いていた。


「……お兄様、逃げて……生きて……」


ハルトの腕の中で、

自分を庇った妹リアナの細い手が力なく滑り落ちる。

彼女の胸から溢れ出した熱い鮮血が、

ハルトの頬を赤く、べっとりと染め上げた。


その瞬間、王国最強の『戦神』と謳われたハルトの世界は、

ガラガラと音を立てて崩れ去った。

父が、母が、そして今、目の前で最愛の妹が息絶えた。

自分には圧倒的な力があったはずなのに、

何一つ、誰一人として守ることができなかった。


「あ……ああ、ああああああああっ!!」


獣のような、あるいは血を吐くような慟哭が炎の中に響き渡る。

狂乱し、ギデオンへ向けて剣を振り上げようとしたハルトの身体を、

背後から強靭な腕が無理やり抱え上げた。

親友であり、近衛師団長の息子であるセドリックだった。


「離せ! 奴を、奴を殺す!!」


「なりません、ハルト様!

 行きましょう、今は生き延びるのです!」


もがくハルトを押さえつけながら、

セドリックの頬にもまた、止めどない血の涙が伝い落ちていた。


彼の視線の先には、

無数の剣に貫かれながらも立ち往生を遂げた

父・バルトスの凄惨な姿がある。

父の亡骸を残して背を向ける無念は、ハルトの絶望に勝るとも劣らない。


「父の……リード家の、

 そして皆の犠牲を無駄にしないでください!

 あなたが死ねば、この国は本当に終わる!」


セドリックの魂を絞り出すような叫びに、

ハルトの力はふっと抜け落ちた。


血と炎の海を抜け、

王都の地下水路を這いずるようにして脱出した二人は、

冷たい豪雨が打ち付ける郊外の森で、

東方防衛隊のゼノス、南方防衛隊のミラたちと合流する。

無敵を誇った第一王子の、虚ろな目で

ただ雨に打たれるだけの無惨な姿に、

ゼノスもミラも言葉を失い、ただ唇を噛み締めた。


だが、ハルトの精神はすでに限界を超えていた。

愛する家族の死、重臣たちの裏切り、

守れなかったという自責の念。

あまりにも巨大で鋭利な絶望が、

彼の心をズタズタに引き裂いていく。


『……もう、何も見たくない』

『何も、感じたくない』


精神が完全に崩壊するその一歩手前で、

ハルトの脳は自己防衛のために分厚い「蓋」を下ろした。

王子としての輝かしい記憶も、

戦神としての誇りも、妹の最期の微笑みも。

すべてを深淵の闇へと封じ込めたのだ。


逃避行の中、ひどい熱を出して倒れたハルトは、

意識の混濁の中で一行からはぐれてしまう。

土砂降りの雨が、彼の銀色の髪を泥で汚し、

頬にこびりついた妹の血を無情に洗い流していく。


――そして、どれほどの時が経ったのか。


全身の痛みと凍えるような寒さの中、

彼は冷たい石畳の上で目を覚ました。

周囲にはひどい悪臭が漂い、見窄らしい家々が建ち並んでいる。

王都の最下層、スラム街の路地裏だった。


自分が誰なのか、なぜここで泥水にまみれて倒れているのか。

自分の名前すら、どうしても思い出すことができない。

空っぽになった心で、ただ降り続く雨を見上げていたその時。


頭上の雨粒が遮られ、

ふわりと、陽だまりのような温かい匂いが鼻腔をくすぐった。


「……ねえ、大丈夫? ひどい熱だよ」


見上げると、破れた傘を差し出す少女がいた。

水たまりに反射する月光を受けて、

彼女の明るい茶色の髪が柔らかく輝いている。


これが、後に王国を揺るがす「絶対零度の怒り」が、

一時のまどろみと、運命の愛に出会った瞬間のことであった。



第6章へ続く…



【あらすじ】第6章:絶望の包囲網


王宮奪還に向け、ハルトは

近衛師団長のセドリックや弟のレオポルドたちと

共に極秘の反撃作戦を練り上げる。

しかし、その軍議の場には、

味方を装い潜伏していた内務卿の息子・アルスターの姿があった。


彼の裏切りによって

作戦のすべてが内務卿へと筒抜けになっており、

決戦の火蓋が切られると同時にハルトの軍勢は

絶体絶命の窮地に立たされる。


急襲の要所や退路を完璧に読まれ、

敵側に回った防衛隊の圧倒的な「数の暴力」を前に、

連合軍は王宮前広場までじりじりと後退を余儀なくされてしまう。


戦線が泥沼化し、ハルトが指揮に釘付けになるその隙を突き、

内務卿は最も卑劣な策を実行に移す。

ハルトの心を折るため、彼の唯一の帰る場所である

下町の少女・リナを標的に定めたのだ。


遠い戦火の音を聞きながら、ハルの無事を祈り待つリナ。

しかし、彼女のいる小さな家の周囲は、

闇夜に紛れて忍び寄った60名の

精鋭暗殺集団『オブシディアン・クロウズ』によって

完全に包囲されてしまうのだった。

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