第4章:【絶体絶命】暗殺組織・オブシディアン・クロウズの強襲
前回までのあらすじ:
リナが洗濯の仕事に追われる裏で、
留守番のはずのハルはこっそり街へ繰り出していた。
持ち前の「超ハイスペックな器用さ」と
「天然な優しさ」を発揮し、
壊れた道具の修理や家事の手伝いを通して、
瞬く間に下町の人々の心を掴んでいくハル。
ある日、リナがハルを連れて外出すると、
街中の人々から親しげに声をかけられるハルの姿に愕然とする。
リナが知らない間に、
彼は「顔を隠した謎の聖者」として
下町のカリスマになっていたのだ。
しかし、その「目立ちすぎた噂」が、
王都から放たれた冷酷な暗殺部隊を
呼び寄せることになり——。
1.部屋に押し入ってきた暗殺者を、ハルが素手で圧倒した件
市場での賑やかな時間を終え、
いつものようにアパートの古びた階段を
上っていた時のことだった。
「今日は本当に驚いたわ。
ハル、いつの間にか下町の人気者になっちゃって!」
私が冗談めかして笑いかけると、
ハルは少し照れたように、それでいて穏やかな微笑みを返してくれた。
しかし、その平穏は自室の前に立った瞬間に霧散した。
鍵をかけたはずの扉が、不自然に半開きになっている。
嫌な予感に心臓が跳ねた直後、
部屋の中から漆黒の外套を纏った三人の男たちが、死神のように音もなく現れた。
「……見つけたぞ。こんな下町のドブネズミの巣に隠れていたとはな」
低く、温度のない声。
彼らの手には、
この世の光を吸い込むような
漆黒の長剣――
『オブシディアン・クロウズ』の象徴が
握られていた。
男たちが私に気づき、一気に間合いを詰めて剣を振り上げたその時、
私の隣にいたハルが「風」となった。
「ハル……っ!?」
彼は丸腰だった。
しかし、振り下ろされる刃を紙一重でかわすと、
吸い込まれるように男の懐へ入り込み、
その手首を正確に打ち据えた。
ガキンッ!
と乾いた音がして剣が床に落ちる。
間髪入れず、ハルはもう一人の鳩尾に、
岩をも砕くような重い一撃を叩き込んだ。
美しく、一分の隙もない流麗な動き。
それは下町の喧嘩などではなく、
幼い頃から血を吐くような修練を重ねた者だけが体現できる、
王宮の近接格闘術そのものだった。
記憶を失っていても、彼の「肉体」は戦い方を完璧に記憶していたのだ。
♢
2.私の流した血が、彼の最悪なトラウマのスイッチを押してしまった件
「チィッ……! 記憶がないと聞いていたが、厄介な……!」
最後の一人が忌々しげに舌打ちし、標的を私へと変えた。
彼はハルとの圧倒的な力量差を悟ると、
卑劣にも丸腰の私へとその切っ先を向けたのだ。
「動くな! 動けばこの女を殺す!」
「リナ!」
ハルが叫び、私を庇うように手を伸ばす。
だが、ほんの一瞬だけ、敵の刃の方が速かった。
冷たい感触が走り、私の肩口が浅く切り裂かれた。
「っ……」
その瞬間、熱い痛みが走り、
着古した綿のシャツに赤い染みが
広がっていく。
ポタ、ポタと、床の石畳に
私の血が滴り落ちた。
その鮮血が視界に入った瞬間、
ハルの動きが、まるで時が止まったかのように静止した。
『――お兄様、逃げて……っ!』
彼の脳裏に、封印されていた凄惨な光景がフラッシュバックする。
燃え盛る王宮。
逃げ惑う人々。
そして、自分を庇って『オブシディアン・クロウズ』の刃に倒れた、
最愛の妹の姿。
銀色の髪を血に染めて微笑む妹と、
今、目の前で血を流す私の姿が、彼の網膜の中で残酷に重なり合った。
「……あ、あ……」
ハルの喉から、獣の咆哮のような、
あるいは壊れた楽器のような掠れた音が漏れる。
次の瞬間、彼の青い瞳から「光」が完全に消え失せた。
後に残ったのは、
万物を凍てつかせる「氷の絶望」と、深淵より深き殺意だけだった。
♢
3.記憶が戻ったた王子様から、突然の「別れ」を告げられた件
そこからの光景は、
もはや戦いではなかった。
それは、一方的な蹂躙だった。
覚醒したハルは、感情を排した冷酷な戦闘マシーンと化していた。
表情一つ変えずに男の腕を折り、
顎を砕き、再起不能になるまで叩きのめしていく。
その圧倒的な恐怖に、
暗殺者たちは這いつくばるようにして闇の中へ逃げ去っていった。
静寂が戻った部屋で、ハルはゆっくりと私を振り返った。
その瞳には、先ほどの狂気はなく、代わりに深い悲しみと、すべてを悟ったような
諦念が宿っていた。
彼は私の前に静かに膝をつき、肩口の傷にそっと布を当てた。
「……すまない、リナ。痛かっただろう」
その声は以前よりも低く、
王族としての威厳と、耐えがたい悲痛さを帯びていた。
「思い出したんだ。
私が何者で、なぜあの日、雨の中で倒れていたのかを」
「……え?」
「私の本当の名前は、
ハルト・ヴァン・エルディア。
このエルディア王国の、第一王子だ」
彼は語った。
妹を殺された絶望のあまり、自ら記憶を封じ込めていたことを。
そして、私の差し出した温かさが、
彼にもう一度「生きる」意味を教えてくれたことを。
ハルは私の手を両手で包み込み、その額をそっと押し当てた。
プラチナブロンドの髪が、私の指先に触れる。
「でも、これ以上ここにいれば、今度は君の命が奪われる。
……今日のような思いは、二度と、誰にもさせたくない。」
それは、温かな日常の終わりを告げる、
あまりにも残酷で、あまりにも優しい別れの言葉だった……。
第5章へ続く…
【あらすじ】
第5章:【回想】エルディアの落日
あの日、雨の中で倒れていた
記憶喪失の青年「ハル」は、
この国の第一王子、
ハルト・ヴァン・エルディアだった。
リナへの突然の別れを告げ、
ハルは王宮へと向かう。
妹の死の真相と、王宮を影から操る組織
『オブシディアン・クロウズ』の正体を
暴くために。
一方、下町に残されたリナは、ハルが残した「約束の品」を握りしめ、彼の無事を祈り続ける。
しかし、ハルの王宮への帰還は、さらなる波乱を呼ぶ。
王位継承権を巡る陰謀、貴族たちの暗躍、
そして組織の罠――。
ハルは孤独な戦いに身を投じ、
リナは彼の帰りを待ちながら、
下町に忍び寄る新たな脅威に直面する。
二人の運命は、王都の暗雲に包まれていく。




