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行き倒れていた美青年を助けたら、記憶喪失の王子様でした。……いや、顔が良すぎて生活に支障が出るんですけど!  作者: マサッチ


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6/8

第6章:絶望の包囲網

前回までのあらすじ:


あの日、雨の中で倒れていた記憶喪失の青年「ハル」は、

この国の第一王子、ハルト・ヴァン・エルディアだった。


リナへの突然の別れを告げ、ハルは王宮へと向かう。

妹の死の真相と、王宮を影から操る組織『オブシディアン・クロウズ』の正体を暴くために。


一方、下町に残されたリナは、ハルが残した「約束の品」を握りしめ、

彼の無事を祈り続ける。

しかし、ハルの王宮への帰還は、さらなる波乱を呼ぶ。

王位継承権を巡る陰謀、貴族たちの暗躍、そして組織の罠――。


ハルは孤独な戦いに身を投じ、リナは彼の帰りを待ちながら、

下町に忍び寄る新たな脅威に直面する。


二人の運命は、王都の暗雲に包まれていく。


1. 潜伏する毒


王宮の地下深く、

かつて歴代の王たちが有事に備えて造り上げた隠し砦。


空気の淀む薄暗い石室に、

重苦しい沈黙と、熱を帯びた息遣いが交錯していた。

円卓の中心には、広大なエルディア王国の

全土を示す古びた羊皮紙の地図が広げられている。


その上座で静かに腕を組むのは、

死の淵から舞い戻った第1王子ハルト。


記憶の底から『戦神』としての覇気を取り戻した彼の瞳には、

かつての純粋な光ではなく、

冷たく研ぎ澄まされた復讐の炎が宿っていた。


「……現状、我々に味方する兵力は、

 ゼノス殿の東方防衛隊、

 ミラ殿の南方防衛隊、そして私の部隊のみです」


重い口を開いたのは、亡き父バルトスの跡を継ぎ、

王宮近衛師団『銀翼のグリフィン』の師団長となった

幼馴染のセドリックだ。


彼の顔には消えない疲労が刻まれているが、

ハルトを見る忠誠の眼差しは揺るぎない。

その横には、兄を支えようと必死に

己を奮い立たせる、第2皇子レオポルドの姿もあった。


ハルトたちの最大の懸念は、

内務卿ギデオンの手に落ちた二つの強大な軍勢だった。


「西方のヴォルグは、もとより野心家だ。

 内務卿の用意した甘い汁に群がり、

 完全に敵側に回ったと見ていい。

 厄介なのは北方のグリム将軍だ」


東方のゼノスが地図上の駒を動かしながら

苦々しく吐き捨てる。


「グリム将軍は義に厚い男。

 ……ご家族を人質に取られていなければ、

 決して我々に剣を向けるような真似はしないはずです」


南方のミラが沈痛な面持ちで同調した。


彼らをどう封じ込め、あるいはどう切り崩すか。

それが、この奪還作戦の成否を分ける絶対条件だった。


「グリム将軍の家族救出を最優先とする。

 彼をこちらに引き入れれば、勝機はある」


ハルトの決断に、円卓を囲む者たちが力強く頷く。


しかし――その強固な結束の輪の中に、

一滴の『猛毒』が潜んでいた。


「殿下。このアルスター、

 微力ながら王国の正義のため、

 そして殿下の悲願のために、

 この命を賭して尽力いたします」


胸に手を当て、恭しく頭を下げる見目麗しい青年。


彼は、王国を滅ぼした元凶である内務卿ギデオンの息子、

アルスターであった。


彼はギデオンと義絶したと偽り、

身分を隠してハルトの支持者を装うことで、

この極秘の円卓にまで入り込んでいたのだ。


ハルトたちは背水を陣を敷く覚悟で策を練り、

部隊の配置から奇襲の経路に至るまで、

すべての機密を明かしていく。


忠誠を誓うアルスターの伏せられた瞳の奥で、

毒蛇のような嘲笑が渦巻いていることなど、

誰一人として気づいてはいなかった。


(愚かな……。

 貴様らの足掻きは、

 すべて父上の手のひらの上だというのに)


紡がれたばかりの希望の糸は、その場ですぐさま、

冷酷な死の蜘蛛の巣へと変換されようとしていた。





2. 鉄と血の交錯


暁闇を切り裂くような鋭い角笛の音が、

反攻の狼煙だった。


「我らが故郷、エルディアを取り戻す! 続け!!」


ハルトの号令と共に、作戦は決行された。

ハルトとセドリックを先頭に、

白銀の甲冑に身を包んだ王宮近衛師団『銀翼のグリフィン』が

地鳴りを立てて突撃する。


その背後からは、

ゼノス率いる東方の軍勢が怒涛の如く続き、

後方からはミラの南方防衛隊が援護の陣を敷いた。


彼らが急襲地点として選んだのは、

敵の防衛線が最も薄いはずの渓谷地帯だった。


奇襲による一点突破――


それが兵力で劣る彼らの唯一の勝機だった。


だが、朝靄が晴れた戦場に現れた光景に、

先陣を切るハルトたちは息を呑んだ。


「馬鹿な……待ち構えていたとでも言うのか!」


セドリックの驚愕の声が響く。

手薄なはずの渓谷には、

予測を遥かに上回る内務卿側の兵力が、

幾重にも重なる陣を敷いて立ちはだかっていたのだ。


正面の谷底を完全に塞いでいるのは、

西方の将ヴォルグが率いる鋼鉄の重装歩兵団だった。


隙間なく並べられた大盾と長槍は、

さながら動く城壁となり、

ハルトたちの突撃を正面から受け止める。


さらに両翼の断崖を見上げれば、

家族を人質に取られ心を殺した

北方の将・グリムが率いる山岳兵たちが、

地の利を完全に掌握した死の包囲網を完成させていた。


「なぜだ! こちらの進軍ルートに、

 これほどの兵力が集結しているなどあり得ない!」


最前線で大剣を振るうゼノスの怒りに満ちた咆哮が、

虚しく戦場に谺する。


後方から敵陣の急所を狙うミラの精密な射撃も、

あらかじめ射線を計算し尽くしたかのような

強固な盾の配置によって、すべて無力化されていく。


作戦の動線、伏兵の配置、攻撃のタイミング。

そのすべてが、完全に読まれていた。


「……罠だ。完全に嵌められた」


ハルトが血まみれの剣を握り直しながら呟く。


奇襲の勢いは完全に削がれ、戦況は開始早々に、

最も避けたかった「泥沼の消耗戦」へと引きずり込まれていく。


圧倒的な暴力を前に、

銀翼の騎士たちが次々と鉄と血の泥濘に沈んでいく中、

ハルトの脳裏には「内通者」という

氷のように冷たい疑念がよぎり始めていた。





3. 筒抜けの戦略


放たれた矢は空を切り、

奇襲をかけたはずの別働隊は、逆に伏兵の刃に沈んでいく。


ハルトたちが

血を吐くような思いで捻り出した「次の一手」は、

盤上の駒を弄ばれるかのように、

すべて内務卿側に先読みされ、ことごとく叩き潰されていった。


その後方、安全な本陣の天幕の中で、

アルスターは優雅にワインの入った杯を傾けていた。

乱戦の泥も血の匂いも届かないその場所で、

彼は戦場の悲鳴を心地よい音楽のように楽しんでいる。


「残念でしたね、ハルト殿下。

 ……あなたの浅知恵など、すべて『父上』の掌の上ですよ」


青年の顔に張り付いていた忠臣の仮面はとうに剥がれ落ち、

そこには内務卿ギデオンと同じ、

他者の命を塵芥としか思わない冷酷な嘲笑が浮かんでいた。


彼の流した緻密な情報により、

連合軍の生命線であった補給路は真っ先に焼き払われた。

矢の補充も、傷を癒やす物資も完全に断たれ、

分断された部隊は孤立無援のまま各個撃破の危機に晒されていく。


「崩されるな! 陣形を維持しろ!」


前線では、ゼノスやミラが

必死に部隊を立て直そうと声を枯らすが、

戦況は悪化の一途を辿っていた。


内務卿側はもはや小細工すら必要としていなかった。


西方のヴォルグ率いる重装歩兵の分厚い壁が、じわじわと前進し、

北方のグリムの山岳兵が容赦なく死の包囲を狭めていく。

さらに、金で買われた無数の私兵たちが

ハイエナのように群がり、

圧倒的な「数の暴力」となって

ハルトたちの防衛線を力任せに押し潰しにかかったのだ。


「殿下、下がってください!

 ここは私がッ!」


セドリックは血と汗に塗れながら、

ハルトを庇うように大剣を振るい続けていた。


その背中は、かつてこの王宮で散った

父・バルトスの壮絶な最期を彷彿とさせたが、

多勢に無勢の絶望的な状況下で、

彼らの体力も精神も限界に近づいていた。


ひたひたと迫る鋼鉄の波。


踏みとどまることすら許されず、

ハルトたちは味方の屍を越えながら、

じりじりと後退を余儀なくされる。


血に染まった石畳を後退した彼らが行き着いた先は、

かつてすべてを失い、

惨劇の舞台となった因縁の場所――「王宮前広場」。


逃げ場のない絶対的な絶望の包囲網が、

音を立てて彼らを呑み込もうとしていた。





4. 狙われた「帰る場所」


王宮前広場


もはや怒号と金属音が

入り乱れる阿鼻叫喚の坩堝と化していた。


「左翼が崩れかけている!

 持ち堪えろ、援護を入れる!」


返り血で銀髪を赤く染め上げたハルトは、

最前線で大剣を振るいながら必死に指揮を執っていた。

目前の敵を斬り伏せても、

次から次へと新たな兵が押し寄せる。

絶望的な数の暴力を前に、

彼の意識は目の前の戦線を維持することだけで

完全に限界を迎え、他の何かに気を配る余裕など

一片たりとも残されていなかった。


そして、それこそが内務卿ギデオンの狙いだった。


戦場の凄惨な光景を、

安全な王宮のバルコニーから見下ろすギデオンの冷徹な瞳には、

勝利の確信すら浮かんでいない。


彼にとって、この戦いはただの余興に過ぎなかった。

彼の真の目的は、

王子の肉体を滅ぼすことではなく、

その「精神」を完膚なきまでにへし折ることだ。


「……獅子を殺すには、

 まずその心を折るのが定石だ」


ギデオンがぼそりと呟くと、

彼の背後に広がる深い影が、不気味に蠢いた。


そこから音もなく姿を現したのは、

かつて近衛師団長バルトスを死に追いやった

王国最強最悪の暗殺集団『黒蝕のオブシディアン・クロウズ』。


その中でも、特に冷酷で確実な仕事をする精鋭中の精鋭、60名であった。


「王子の弱点を突け」


振り返りもせず、ギデオンは吐き捨てるように命じた。


「下町にいるあの娘を

 ――這いつくばった王子が

 縋り付いた哀れな小娘を、生きたまま私の前に引きずり出せ。

 傷をつけることは許さん。

 殿下の目の前で絶望を味わわせるための、極上の供物とするのだ」


暗殺者たちは一言も発することなく、

深く一礼したかと思うと、

次の瞬間には陽炎のようにその場から掻き消えていた。


彼らの向かう先は、

血生臭い戦場から離れた王都の最下層。


記憶と尊厳を失い、泥水の中で死にかけていたハルトに、

破れた傘と温かいスープを差し出してくれた少女の待つ場所。

ハルトが愛し、

何に代えても守り抜くと誓った唯一の「帰る場所」


――リナの元であった。


戦場で必死に剣を振るうハルトの知らぬ所で、

愛する日常を理不尽に蹂躙するための、

漆黒の死の軍勢が下町へと疾走を始めていた。





5. 静寂と凶刃:下町の包囲


王宮周辺で巻き起こる怒号と爆破音は、

下町の低い軒先を震わせ、遠雷のように響いていた。


窓の外を赤く染める不穏な光景を見つめながら、

リナは小さな木造の家の中で、

祈るようにスープの入った鍋をかき混ぜていた。


テーブルの上で小さく揺れるランプの灯火。

それは、記憶を失い、

泥の中でもがいていた「ハル」が、

いつ帰ってきても迷わないための道標だった。


「……ハル。無事でいて。

 わがままは言わないから、

 ただ、おかえりって言わせて……」


彼女がその震える唇で最後の一節を紡ぎ終えた、その時だった。


世界から、音が消えた。


遠くの戦火の音も、窓を叩く風の音も、

そして今しがたまで鳴いていたはずの秋虫の音さえも。


まるで何かに吸い込まれるように、

不自然なほどの「完全な静寂」が室内を支配したのだ。


リナの背筋に、氷を押し当てられたような戦慄が走る。

彼女は、スラムという過酷な場所で生き抜いてきた

野生的な直感で悟った。


今、この家の周囲に、

人間ではない「何か」が満ち満ちていることを。


パキリ、と乾いた音が屋根の上で響く。

リナが息を呑んで見上げた瞬間、

窓から差し込んでいた月光が、

無数の影によって遮られた。


音もなく、重力さえも無視するように

舞い降りた60の漆黒の影


――『黒蝕のオブシディアン・クロウズ』。


彼らは一切の言葉を交わさず、

ただ機械的な精密さで家の出口を、

窓を、そして逃げ道のすべてを塞いでいく。


暗闇の中で抜き放たれた刃が、

冷酷な月光を反射して青白く光った。


たった一人の少女を捕らえるために、

王国最強の暗殺集団がその全力を持って包囲網を敷く。

その異様な光景は、内務卿ギデオンの執念そのものであった。


「……えっ?」


声にならない悲鳴が漏れるより早く、

薄暗い部屋の隅々から影が伸び、

死神の鎌にも似た冷たい鋼の感触が、

リナの白い首筋へと届こうとしていた。


彼女が守ろうとした「唯一の日常」が、

今、圧倒的な絶望によって塗り潰されようとしていた。



第7章へ続く...


【第7章:聖域の夜明け】のあらすじ:


王都を飲み込む戦火の裏で、誰も気づかぬうちに「死神」の鎌が動き出していた。

内務卿ギデオンの卑劣な策が向かうのは、ハルトが唯一「ハル」に戻れる安らぎの場所。


絶体絶命の危機に立ち上がったのは、

かつて「無力」と蔑まれた第2皇子レオポルドだった。

彼がその身を賭して守り抜いたものと、最後に残した魂の言葉とは――。


一方、混迷を極める本陣では、ついに内通者の仮面が剥がされる。

親友セドリックの執念が戦場に劇的な逆転の風を呼び込み、

囚われていた絆が解放されたとき、反逆の軍勢は崩壊へと向かい始める。


しかし、勝利の足音と共にハルトが受け取ったのは、

あまりに重すぎる代償の報せだった。


重なる悲劇の果てに、王子の心に宿ったのは、

燃える怒りではなく、すべてを凍てつかせる「絶対零度の静寂」。

亡き家族たちの想いをその背に背負い、かつての戦神は、

すべての因縁を断ち切るために宿敵の前へと降り立つ。


流された血と涙、そして多くの犠牲の先に、

ハルトが手にした「夜明け」の景色とは。


傷ついた聖域を照らす朝日の光の中で、エルディアの長い夜が、ついに完結する。


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