あなたに魔法をかけましょう
「さあ、お義姉さま、お風呂にする?ご飯にする?それとも、お洋服?」
家に着くなり私はお義姉さまに問いかけた。
なるべく優しくね!
「ヘンリエッタ、それではファーリア様が困ってしまうでしょう」
と、キャリンが私をいさめる。
化粧水や整髪料を作るのを手伝ってもらったり、歌って踊る夜のつれづれに、もう私は自分の過去をキャリンに話してしまっている。
お義姉さまのことも知っているのだ。
「だって、罪滅ぼしのチャンスなのよ。思わずがんばっちゃうわ」
「気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着きなさい。まずはお茶でも飲みましょうよ」
キャリンがうちで一番美味しいお茶を淹れてくれて、私は小さな蒸し菓子を用意した。
お義姉さまは表情のない顔でそれを見ている。
キャリンの淹れるお茶は美味しい。私は今それを勉強している。
お義姉さまの前にそっと置く。
三人がテーブルを囲んだ。
「いい、香りね……」
優雅に器に手を伸ばし、お茶を飲んだお義姉さまがポロリ、と涙をこぼす。
「こんな風に、誰かとお茶を飲むなんて、いつくらいぶりかしら……」
……エドモンドは、一体どんな生活をお義姉さまにさせていたのかしら!
私は内心怒りで震える。顔には出さない。お義姉さまが怯えたら大変だからね。
あくまでやさしく、お義姉さまに問いかける。
「サーファは来てくれなかったの?」
「エドモンドに面会と外出を禁じられてしまって……結婚以来、外に出たのがこれで初めてなの」
「閉じ込めちゃいたいくらいお義姉さまがかわいい奥さんだったのかしら?」
「ちがうわ」
前のお義姉さまからは想像もつかない皮肉な笑みを浮かべた。
「こんなわたくしなんか、自分の妻だと分かったら恥ずかしいから連れ歩けないと言ったのよ」
「お義姉さまは淑女の鏡よ!どこに問題があるって言うのよ!」
あらら、思わず叫んじゃったわ。
キャリンが呆れた顔で私の頭を軽くはたく。
「ヘンリエッタ、あなた今ちょっと興奮しすぎよ。ファーリア様が怖がるわ」
「ああ、本当にそうね……お義姉さま、許してちょうだい」
「いいえ、いいのよ。でも、こんな無様な姿のわたくしを今でも淑女と言ってくれてありがとう。私はあなたを国外追放に追いやった悪い義姉なのに」
きょとん、と私はお義姉さまを見る。
「私の国外追放は自業自得よ。お義姉さまは本当に人が良くていらして、相変わらず損ばかりしているわ」
お義姉さまの方がきょとん、とする。
「損?何不自由ない暮らしをさせてもらって、たくさんの食事を与えてもらって、損?」
相変わらずのお義姉さまである。
幸福の沸点が低いのだ。
お茶を飲み終えたお義姉さまのカップをキャリンが下げて、今日は予定通りちょっといい所でご飯を食べましょう、と言う。
私はその前にお風呂に入れてあげたいが、まずはお腹を満たすことが大事だと言われた。
「お腹が空くと人間、ろくなことを考えないからね」
それはそうかもしれない。過酷な戦の日々を過ごしたキャリンの言葉は貴重だ。
大人しく従ってとびっきりの店に予約を入れた。
「今すぐ向かいたいの。個室を使わせてもらえるかしら?」
サリラ様に紹介していただいた店だ。少し無理がきく。
北門近くのその店に行くと、人目を避けてすぐに個室に通してくれた。
テーブルに次々と美味しそうな料理が大皿で運ばれてくる。
グレタの宿での料理と基本的には一緒だが、味つけが微妙に違う。
さすがは首都メーユ、複雑な香辛料の刺激と素材の旨味がある。
ハポン国の食事は最初から一人ずつ決まった量を皿についである。メーユ王国のやり方に戸惑うであろう。
私とキャリンでお義姉さまに少しずつよそってあげる。
「……!」
ひらり、とスープをすくったお義姉さまが目を見開く。
「美味しいでしょう、ここの豆乳スープには、擦ったトウモロコシが入っているらしいわ。かき卵との相性もいいのよね。コクがあってほどよく甘いのよ」
食事中に話すなどということはハポン国の淑女はしない。
お義姉さまはただコクコクとうなずく。
「青菜の炒め物、シャキシャキで美味しいでしょう?メーユ王国の炒め物はハズレがないけれど、ここの店には隠し味があるらしくて、ひときわ美味しいわ」
「単に炒める者の技量じゃないかしら?味付けは多分塩だけよ」
私はなるべく上品に、キャリンはがつがつと食事をかっこみながら言う。
「フェイチーは、食べなくてもいいわ。とても美味しいけれど、見た目がちょっと……グロテスクよね」
フェイチーとは、カエルを甘辛く煮たものである。
サッパリとした肉質で、柔らかく、煮汁の味付けも良くてとても美味しいのだが、ぴょんと飛んだカエルそのままの姿で煮てある。
ちなみに高級料理なのだ。
「出された料理を食べないのは失礼だわ」
健気なお義姉さまはあくまでフェイチーに挑むつもりのようである。
「では、こう食べて下さい」
と、言って私がフェイチーにかぶりつくと、さすがにお義姉さまが目を見開いた。キャリンが笑いをこらえている。
「グレタのヘンリエッタを思い出すわ」
しばらく考え込んだ後、そっ、とフェイチーを持ったお義姉さまは、意を決してはむっと食べた。
「……美味しい!」
「ああ、やっとお義姉さまが笑った!」
おかずの合間に蒸したてのパオツを食べると口が変わっていい。
そのパオツだってこの店のものは絶品だ。ほの甘くてしっとりふわふわ。
粉自体が良くて、蒸し方も良いのであろう。
餡を包んだ団子にゴマをたっぷりまぶして揚げた、締めのデザートまで存分に堪能して、私たちは楽しく食事を終えたのである。
***
お義姉さまは一人でお風呂に入れる。
貴族としては珍しいが、母さんと再婚する前の貧乏時代に男の使用人が一人しかいなくなってしまって、がんばって習得したのだという。
私たちの家には通いの使用人しかいないので、夜は3人きりだ。
お義姉さまをお風呂に送り込んで、私は化粧水と整髪料のラベルの紋章を書き、キャリンはタバコをふかした。
お義姉さまの前では遠慮していたらしい。随分と差をつけてくれるじゃない?
「明日は出かけるわよ」
私は宣言する。
「お任せするわ」
キャリンが応えた。
今日の分の紋章を全部書き終えて、私は伸びをすると道具を片付けた。
魔力は容赦なくこめている。
戦でもなく、立身出世でもなく、こういう人畜無害なことに心血を注ぐのだ。
「さてと、今日もいいかしら?」
キャリンがタバコを小袋に入れて、合図をしたからすかさず私は手を叩き、歌って踊り出す。そう、歌うだけじゃなくて踊りもちょっとできるようになったのよ。
独特の変拍子で手を鳴らしながら歌う歌詞を私は全てそらんじている。
私の魔力を込めながら歌って舞えば、空気が濃密になって効果が上がると気づいて、キャリンはもうグレタに戻らないと決めたようだ。
「毛皮をまとって魔獣に変わるのは本当に魔力を使うし、効果的に補充ができるのはありがたいのよ」
などと言っていた。しめしめ。
黒紺の毛皮をひるがえしてキャリンが鮮やかにくるりと回った瞬間、お義姉さまが部屋に入ってきた。
呆然とキャリンを見ているが、これは大事なことだ。途中で止めるわけにはいかない。私たちは続けて歌って踊り、魔力が満ちたキャリンが合図をして、やっと部屋が静かになった。
「……素敵な日だわ」
お義姉さまが笑みを浮かべている。
「明日はもっと素敵な日になるわ」
私は自信たっぷりに言った。
フェイチーは飛蛙と確か書いたはず。
両手と両足をそれぞれ縛ってぴょーんの瞬間の形を整えてます。
醤油で煮ても美味いはず。




