マイ・フェア・レディ
朝一番にサリラ様の店に飛び込んだ。
「おはよう、朝早くにごめんなさい?この方は私のお義姉さま、ファーリアよ。急に体型が変わってしまって、困っているの。ここにある生地でいいから午後から着られるように1着欲しいわ。その後5着くらい丁寧に作ってほしいの。もちろんデザインや色はお任せよ。ただし絶対今以上に美人にしてね」
化粧水と整髪料の取引で親しくなった番頭は目利きである。
「貴族だから、絹も着られるわ」
と、付け加えることも忘れない。
「美しい方だ。腕が鳴りますね」
と、番頭は嬉しそうに言うと、お義姉さまの身体のサイズを測らせ始めた。
「せっかくですので、すべて絹でお作りしましょう。色は流行りの色がようございますか?」
「良いものを長く使う人よ。流行りのことは考えない方が嬉しいわ」
「美しいなんて……」
お義姉さまが困っている。
「十分にファーリア様は美しいわ」
キャリンが言うと、お義姉さまは頬を染めた。
たっぷり眠って美味しい朝食を食べ、化粧水と整髪料で整えられたお義姉さまは昨日とは確かに別人だ。
ひとたび動けばふくよかなことを魅力にしてしまう所作に品の良さがにじみ出る。
「ファーリア様を見るまではヘンリエッタはお育ちがいいと思っていたけれど、上には上があるというか……淑女ってこういう人のことなのね」
しみじみとキャリンが言う。
「当り前じゃないの。お義姉さまはハポン国でもトップクラスの淑女と言われた方よ。中身からっぽの私と一緒にしないで」
「確かにね」
「私については否定しなさいよ」
番頭が私たちを制する。
「ファーリア様が困っていらっしゃいますよ。淑女の前です、どうぞ慎んでください」
私たちはピタリとおしゃべりを止めた。
キャリンがタバコを耐えているのであろう、落ち着かない顔つきをしている。
「吸ったら?キャリン」
「タバコは止めると決めたのよ」
「へー、すごい決断ね。その健康被害にやっと気づいてくれたの」
「タバコの匂いは下品でしょう」
なんだか見当違いなことを言っているけれど、煙を吸わないで済むならこっちは歓迎である。
手の早い針子を何人も使って、特急で仕上げさせる。
本当は一人で一着全部縫わせた方がいいが、今日はもう仕方がない。
仕上がりを待つ間、お義姉さまの服に合わせる小物を探した。
「靴もバッグも装身具も、亡くなったお母様のものがあるわ。そんなに買い漁ってはだめよ」
「ああ、それならば私、全部覚えているわ。お店に指示を出してくる。それと、バッグと装身具はともかく、靴はもう古くて使えないのではなくて?お義姉さま、これを機会に買い替えてしまいましょう」
横で聞いていた番頭にバッグと装身具の細かい色やデザインを伝えると、指示書に書き込んでくれる。服の色やデザインを合わせるのだ。サンプルの靴が何足もお義姉さまの前に並べられた。
イチオシの一足を試しに履いてみて、数歩歩いたお義姉さまが、目を見張る。
「歩きやすいわ」
「大きく体型が変わると靴も入らなくなってしまいますからね。こんな状態では……やはり血がにじんでいる」
誰にも言えずきつくなった靴で無理して長旅をしていたのか。
サンプルに血をつけてしまった。
似合っていたし、これは買い取りである。
番頭がお義姉さまの痛んだ足を手当てしてくれた。
同じ型の色違いを何足か選ぶか、デザイン違いを探すか相談して、また街着を引き取りに来る時に選ぶことになった。
その間に特急で仕上げられた服に着替えて鏡の前に立つと、お義姉さまはパッと微笑んだ。
「まるで私じゃないみたい!」
ニコニコと私たちは見つめる。
「輝いて見えるわ、ファーリア様」
キャリンが控えめに言うと、また頬を染めてうつむく。
「もう一着、明日に仕上がるように急がせております。着たきり雀は困るでしょう?その他の街着はじっくりと仕上げますので」
気の利く番頭の言葉に感謝しつつ、私たちはご機嫌で家に帰ったのだ。
***
数週間はすぐに過ぎて、街着は全着仕立て上がり、靴も選んで作らせた。
靴が仕上がるのはもう少しかかるかな。
その間、昼に私はせっせと美容家業に励み、キャリンがせっかくだからとお義姉さまに首都メーユを案内する。
夜は3人で歌って踊るようになり、その後にぽつりぽつりとお義姉さまが「ヘンリエッタが国外追放されてから今まで」の話をしてくれた。
「エドモンドは決して悪くないのよ」
という言葉が出れば出るほど、エドモンドの悪行に私たちは怒った。
聞けば、毎日酒浸りで新妻をほっぽり出して昼は博打をし、夜は花街に行くか、愛人を家に呼びつけてご乱行だったという。
家に閉じ込められたお義姉さまは、時間を持て余してつい食べ過ぎてしまい(ストレスのせいもあるだろう)今の体型になってしまったとのこと。
「愛人を家によびつける」のは、いかにもエドモンドがやりそうなことだが、おまえは誰と結婚したと思っているのか。
天下の淑女、私のお義姉さまファーリアなのよ。
「あいつ……!二度と女と交われない体にしてやろうか」
「おう、いいわね。協力するわよ」
といきり立つ私たち二人を、お義姉さまが必死に止める。
「二人が罰せられてしまうわ。相手は王族ですもの」
私たちは口々に言う。
「私はすでに国外追放された身で、何の不安もないわ」
「私も野蛮な魔獣に変わる辺境の民よ。いまさらだわ。夫ももう亡くしているし」
「えっ」
驚きの新事実に怒りがふっとんだ。これは聞かねばなるまい。
「なんてことはない普通の話よ。私の夫は魔獣にならない辺境の民で、冬の寒さから風邪をひいてぽっくりと逝ってしまったの。親同士の決めた結婚だったし、いい人だったけど、未練はないわね」
さばさばとキャリンは言った。
けれど、メドジェ族が大好きなキャリンが故郷になかなか帰らないのは、哀しい思い出を蘇らせたくないからかもしれない。
「ご苦労なさったのね」
お義姉さまがしんみりと言った。優しい人なのである。
「そんな、気を遣ってもらうことじゃないの」
と、キャリンが頬を染めた。
その次の日、義弟サーファが王都メーユに到着したのである。




