美容家ヘンリエッタ
近頃、首都メーユを騒がせる「美容家」なる者がいるそうな。
奇抜で華やかだが法に触れない街着やドレスを作り、効果抜群の美白化粧水を作り、使えば使うほど髪が美しくなる整髪料を作るらしい。
化粧水と整髪料のパッケージに美しい文字が書いてあるのも気分が上がると評判だ。
「書家」としても立場を固めつつあるらしい。
何を隠そう、この私、ヘンリエッタのことよ。
「あなたの護衛、辞められそうにないわね」
私を襲ってきた暴漢を組み伏せ、腕をねじりあげながらキャリンが言った。
「これでもう8度目よ」
話題の美容家をかどわかし、アイディアを吐き出させて儲けようとする下衆は案外いるらしい。
私の後ろにいる大商人サリラ様が恐ろしくないのか。
むしろ私、よくぞサリラ様にたどり着いた。
前世の私は何か徳を積んでいたのね、グレタの宿の主、コリャンに感謝よ。
暴漢をサリラ様に引き渡し、後はお任せである。
「こんなに目立っちゃうなら、その淡いピンクだの水色だのの服はやめたら?」
「何を言ってるの、私とキャリンとサリラ様は歩く広告塔よ。化粧水と整髪料は売れ続けるでしょうけれど、街着の流行は一瞬。このうちに稼げるだけ稼いでおかなきゃ。第一、この色はもうみんな着てしまっているじゃないの」
北門下から市場を見回せば、ちらほらと色とりどりの街着を着たお嬢さんたちが見える。
派手すぎると取り締まられてしまうけれど、華やかなのは本当にいいことだ。
私たちは見ることができないけれど、王宮のパーティーではお好みの画家の絵が描かれたドレスや、メソ族のハギレをアクセントにしたドレスが流行っているらしく、サリラ様に渡される金貨の袋はお義父さまに持たせてもらっていた袋の何倍にもなっている。
その上、和平協定の儀で歌われた曲を封じた魔術具に私が書いた歌詞の訳の複製を合わせたセット販売の売り上げも馬鹿にならない額で、金貨の袋の置き場所に困った私は冒険者ギルドと商業者ギルドに二つに分けて貯金することにした。
すると、商業者ギルドで登録していた「美容家」が、Sクラスになってしまったのよ。
意味がよく分からないでしょう?私も全然理解できないわ。
貯金額が貢献度になるらしい、とか何とか言っていたので、そのかねあいもあるのでしょう。
街着やドレスはともかく、整髪料と化粧水は意外なところから火がついたのだった。
妓楼のお姉さんたちである。
傷んだ髪がととのうし、寝乱れた後の髪が手ぐしですぐ直せるのがいい、という実用的な理由で話が広がり、首都メーユまで送ってくれて、お礼に妓楼で整髪料をあげた竜使いの騎士が追加をどこで買えばいいのか問い合わせて来たのだ。
買えるお店を教えてあげて(サリラ様の経営するお店よ)、ついでに化粧水も宣伝したら買って持って行ってくれたらしく(貢ぐねぇ)、妓女の間で爆発的に流行したのだ。
妓女の真似をする娘はメーユ王国にもいるらしい。
ドレスや街着はメーユ王国だけの流行だけれど、化粧水と整髪料は他国にもボルフが持って行ってくれて、地道に売り上げを伸ばしてくれている。
私は毎日せっせと化粧水と整髪料作りに励み、出来上がればサリラ様の家に通っては納品をして売上金をもらって経費と生活費を除くお金をギルドへ貯金し、先行投資として今の自分とキャリンの一番だと思う服を仕立てる、その中で良さそうなものをサリラ様が取り入れる、というサイクルで生活している。
今日は特別にちょっといい食事処で食べようかと北門あたりをふらっとしていたらこれである。
おちおち外出もできないよ、するけどね。
「例の魔術具は持っている?」
サリラ家の正門をくぐりながらキャリンがたずねたので、私はちょいちょいと胸につけた金色のペンダントをつついて見せた。
「大丈夫よ、いつも身に着けているから」
私は確かに儲けているけれど、Sクラスのキャリンに給料を払えば結構かかるし、馬車は納品の時だけ雇った方が合理的だ。
街を歩けばその分流行が目に入るし、同じ理由で花街に寄ることも忘れない。
ぶらぶらしているようだけど、仕事なのよ。
悪役令嬢時代とやっていることは同じだけれど、お金が出ていくか入るかの違いでこんなにしんどいとは思わなかった。
けれど「狭いギルドの受付窓口の片隅で帳簿付けをする自分」なんていうのは想像もできないから、本当に職に恵まれたと思っている。
「ヘンリエッタ様!」
北門に向かう私たちに、サリラ家の執事が声をかけた。
なんだか慌てているらしい。
「ヘンリエッタ様の義理のお兄様という方がおいでなのです。お義姉さまという女性を連れて……」
「お義姉さま?」
国外追放された義妹を追いかけて?一体何が起こったの?




