大興奮のボルフとサリラ
あんなに会いたがっていたのに。
目の前にいる老年にさしかかった地味な男に、キャリンが目を合わせられずにうつむいている。
この男、ボルフは10年前に優秀な軍師だったという。今の穏やかな様子からは想像もつかない容赦ない作戦で知られていたらしい。
「あの書は見事だったよ!ちゃんとメドジェの音韻と文字と内容がリンクしてあって、訳詞としても素晴らしかった!」
「とんでもありません、ただの書き散らしです」
ほら、キャリン、とっととお礼を言うのよ!
視線をチラチラとキャリンに送りながらボルフにも目で訴える。
あなたもいい大人なんだから、見るからに緊張しているこの子に話しかけてあげてちょうだい!
私の思いが通じたのか、ボルフがキャリンの姿を見て……飛び上がった。
「メソ族の衣をこんな風に使ってくれるなんて!」
メソ族の生地はメーユ王国では安く買える。
とはいってもそれはハポン国との比較であって、高いことには変わりない。
私はハギレを買って、キャリンのシャツの袖口、パンツの両脇だけに細長く縫いつけさせたのだ。
諸外国では芸術品とも言われるメソ族の布がなぜメーユでは流行らないのか?
それは地味好みのメーユでは鮮やかな刺繍が避けられてしまうからだと私は考えた。
少しだけ効果的に使えばよい、という私の読みは当たったらしい。
馬車に乗るキャリンをうっとりと眺めていたお嬢さんたちや、真似できないかと話し合っていた男たちが証明してくれた。
「わ、私はメソ族ではなくて、メドジェ族の者で……」
「覚えているよ、一度戦で一緒になった、キヤイルの姪だね?大きくなったんだなあ。戦が終わったけれど、なかなか故郷に帰って来ないってご両親が嘆いているらしいよ」
……認識を改めるわ。すごい記憶力じゃない?この人。
「そのデザインの街着を私も欲しいと思っていたのよ、ボルフ」
「いいですね!祈りの込められた刺繍です、サリラ様を守ってくれるでしょう」
「いいえ、このデザインがどこで手に入るかが知りたいのよ」
ボルフは困った顔をする。
「私が指示して仕立てたのです、サリラ様」
私がおずおずと言うと、みんながびっくりする。
「祈りの意味も知らずに、ただ使ってしまいました。申し訳ございません」
「いいえ、メーユ好みに品よく仕上がっているわ」
黒い揃いの上下に鮮やかな刺繍のハギレを少しだけ足したキャリンは、美形と美しい髪も相まって人を惹きつける。
そうか、サリラ様くらいの年代の人は私よりもこっちの方が落ち着いて着られるかもしれない。
「服が好きでね、ヘンリエッタのような服は散々着てきたのだけれど、新しい服を見るとどうしても欲しくなってしまうわ。ヘンリエッタ、悪いけれど、私の服に合わせてメソ族の生地を縫い合わせる指示をしてくれないかしら?」
「お安いご用ですわ。私、商業ギルドに美容家として登録したばかりなので」
「美容家?新しい仕事ね」
サリラ様が愉快そうに笑った。
「それではこの作業にもお金を払わなくてはね。他にもアイディアがあったら教えてちょうだい。専売の契約をしてお金を払うわ」
「ございます、が……」
どうしよう!新しい仕事だし、私は新米の元悪役令嬢だし、アイディア料の相場なんて分からないよ!
とにかく、サリラ様の良心にすがるばかりだ。
とにかく言えることを全部言うのよ、私。
「ハポン国では昔からされていることなのですが」
すい、と、壁の絵を指さす。
「この画家にサリラ様の服に絵を描かせるのです」
「……! 今すぐに手配するわ!」
「特別な絵の具を使う必要があります。ハポン国にお問い合わせください」
贅沢三昧の悪役令嬢生活がこんな形で飯の種になる日が来るなんて。
人生は何事も経験しておくものである。
ハポン国に感謝よ、追放されちゃったけど。
「まず、私はあなたにアイディア料を支払うわ。更にそれを着て、夜会などに出ましょう。注文が必ず入るはずだから、その度にアイディア料をもらえば良いわ。いくらがいいかしら……?」
サリラは執事らしい老紳士を呼び、きびきびと指示する。
メソ族の布を合わせるための流行を問わない黒の街着が用意され、画家に連絡もさせている。
仕事の早い人だ。
「書は、どうなるのでしょう……?」
ボルフが遠慮しながらたずねる。
「あっ、そうだったわね、複製の売り上げの歩合はボルフと同じくらいに出しておいて。ちなみに3対7よ。いいかしら?ところで、あなたたちの髪は素敵だけれど、それにも秘密があるの?」
……美容の話が続くなぁ~!
「書に、たどり着かない……!」
と、ボルフが隣で頭を抱えるのが見えた。




