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いつもと違う朝


 久しぶりに何の夢も見ず、熟睡したと感じて翌朝を迎えられた。


 それは、一人ぼっちじゃないと言うように包み込まれるような空気と柔らかさが暖かくて安心できた夜があったからかもしれない。


 昨夜のおやすみから朝にリンダの声で目が覚めるまでの時間があっという間だった。しかも同じ目覚めでも早朝にパチリと目が覚めてしまういつもとは全く違い私は、寝ぼけていたようだ。


 もう朝なんだぁ。


 朝の明るさに目が覚めてもぼんやりしてしまう。


 回らない頭で思い返すと、美形な異性の姿の聖霊が両隣にいるにもかかわらず、いびきや寝言や寝相の悪さを気にする前に熟睡して涎がたれてるかもしれない寝顔を見せたかもしれない私ってどうなんだろう。


 今更ながら思い出して布団の中でジタバタしてしまう。

 ぜひとも記憶を塗り潰してしまいたい。無かったことにしたい。忘却の彼方に追いやりたい。


 軽く落ちこんでうなだれていたけれど、陽射しの明るさに気が付いた瞬間に慌てて飛び起きた。

 どうやら私は寝坊してしまったらしい。


『おはようユウリ。昨日あれからユウリが寝た後ね、闇様と風様が喧嘩しそうになったんだよ。でね、土の妖精が慌てて土様に知らせたんだよ』


『今日はとてもお天気が良いんだよ』


『ユウリねぼすけさんだ〜』


 私の周りには妖精達が飛び交い話かけてくるけれど頷きもできない。目の前の、リンダも困ったような笑顔を浮かべているだけだ。きっと私も同じ様な顔をしているだろう。


「あの…今、何時かな…?」


『それで結局ね、闇様と風様は僕達に任せるように土様に言われてしぶしぶ外に出たんだ。ユウリは土様にギュッとされてたよ』


 そうだったんだ。

寝てて分からなかったよ。

 私はお話したいけど、無理そうだからお話は後でゆっくり聞かせてもらうから、今は少し静かにしてもらっていいかな?

 悠理さんはどうやら、やらかしたようなんだよね。なにか怒られそうな予感がするんだ。


 新しい希望あふれるの朝のはずなのに、天涯の幕の外から冷気が流れてくるんだよ。

 どうしてかな?


 可愛い妖精達の話でも今は何も聞けそうにない。


「ユウリ様。そろそろお昼がこようとする時刻です。もしかしてお加減がよろしくないのですか?あ…」


 時計を見ると11時を回っている。これは、どうしたらいいかと無い知恵をしぼり仮病を使い、また布団に潜りこもうかと画策する。


「起きるのが遅くてごめんなさい。あの…」


「あ…」


 後が大変になりそうなのでまずは素直に頭を下げて冷気を避ける為に二度寝にはいろうとすると、焦るリンダの声を聞こえた。


「ユウリ様。おはようございます。リンダはユウリ様の体調を気にしているのです。それにお答えいただけないのは、いかがなものでしょうか」


 冷気の元は総侍女長だったらしい。冷たく固く、幾分低い声にまた飛び起きた。


「昨日は久しぶりによく寝られたので、体調は大丈夫です」


「では、このようなお時間ですので昼食を用意させます。少しお早いですが大丈夫でございますね?リンダ用意を。さぁ、ユウリ様もお支度いたしましょう」


 きっと冷気漂う総侍女長の言葉には誰も逆らえないと思う。


 その後、総侍女の指示でリンダにこちらの部屋着に支度してもらった。髪も結いメイクもして、私にしてはドレスアップだ。土台はどうあれ、どちらもまずまずの評価をもらえて安心する。


 そんな慌ただしい時間だったけれど、気持ちも身体も軽く感じて、いつも通りの洋風ご飯も美味しく少し多く食べられた。ドレスを汚さないように気を使い、総侍女の基本的なマナー指導も入り気楽になれなかった事が残念だ。


 それからは、総侍女長の礼儀作法指導が始まりだ。


「礼には心が表れにます。今の礼ですと…」


 礼をとったままの姿勢だから、身体の痛みばかりで話しが見えない。耳ではなくて身体に覚えさすつもりなんだろう。


「ですから、頭を気持ち下げつつ目線は前気味に。背筋は伸ばしたままと言いましたでしょう」


「気持ち」とか「気味」って、どれくらい?なんセンチよ〜。


「後、少し頭を下げて下さい。そして身体で覚えて下さい」


 指導といえど、指示はあやふやでパニクる私に容赦ない厳しい指導だ。

 幾度も、三種類の礼を習ううちに足の筋肉がプルプルするし腰も痛くなるけれど、総侍女長の真剣さに答えようと頑張ってしまう。


 今日、教えてもらった礼は、社交的な礼と、目上の方や貴族の方への礼、王族に対する礼だ。


 そこの区別は、相手の名前を記憶して分の立場を考えた上でその場の空気の中で失礼のないように決めろと言われた。


 できる訳ないじゃん。


 貴族なんて見た事ないし、名前も顔も分からないのに…。限られた人しか分からないのに。


『いずれこの城で働くつもりならば礼儀作法は覚えておくべきです』


 腐りそうな中でも以前の総侍女長の言葉が頭に残っていて弱音がでそうになるけれど、覚えるべき事だろうとは理解している。だから顔には出さず「礼くらい覚えてみせる」と熱心になれた。


「では私は失礼いたします」


「ありがとうございました」


 やっと終わりがきた。

 今は総侍女長は私の先生だ。学校にいた先生とは違う凛とした先生だ。だから、目上の方にとる礼をとってみた。


「短時間にしては良く身につけられています。が、まだまだです」


 けれど、総侍女長の視線は厳しい。


「だからと言ってその礼を恥じる必要はないですが、私にとるものではありません。」


 もしかして褒められた?


 少し嬉しくなり、総侍女長のご機嫌が取れるかもしれないと思ってしまう。

 手が綺麗に見えるように下腹の前で重ねて背筋を伸ばし、口角を上げて表情を作りたおやかに聞こえるようにテレビや小説で学んだ貴族らしく言ってみた。


「申し訳ありません。私には、総侍女長が先生と同じ立場にあるように思えたものですから…」


「例えそうだとしても私は侍女です。ユウリ様が私に謝罪や礼をとる必要はありません。言葉使いや態度は予想していたより見事ですが、また明日この時間にまいります」


 あれ?失敗?しかもまた来るの…


 心意気とは裏腹に感謝と肉体疲労は、まだ軟弱な私の中で同等な位置に無かった。


「えっとあの…。分かりました。ご指導頂き、とても助かりましたわ…」


「ユウリ様もお疲れでしょうから、すぐにお茶とお菓子を届けさせましょう。厨房に腕を振るうように言っておきましたから。申し訳ありませんがソファーに掛けてしばしお待ち下さいませ」


 きごちない笑顔と言葉使いの私に総侍女長が穏やかな顔になった。更にかけられた言葉が飴のようで、ついピョコンとお辞儀をしてしまう。


「ありがとうございます」


 途端に室温が下がった。見てはないけど総侍女長の表情も厳しいだろう。とっさに礼が出なかったからだろうか。

 しかし、私の限界も近い。ご褒美のお菓子に釣られて気が緩んでも仕方がないはずだ。


「あ〜もう、つっかれたぁ」


 と今すぐゴロゴロとしたい緊張していたんだから。これ以上は勘弁してほしい。


 なので、何も気がつかない振りをして、私は女優と言い聞かせながら静々とソファーに向かい行儀良い姿勢でソファーに手をかけて微笑みを浮かべて言ってみた。


「まぁ嬉しい。楽しみにしておりますわ。総侍女長もお疲れなのでしょう?そのお菓子を食べて少しは休憩なさって下さい。身体に障りますわよ」


 そんな私に何故か微妙な顔をして総侍女長は部屋を出て行った。


 どうやら私は女優に向いていないらしい。



 時計を見ると礼儀作法の指導は二時間程だった。


 お茶の作法を思い出しながらお菓子を食べながら考えた。


 今日のお菓子はいつもより美味しい。総侍女長の指示で用意されたからだろうか。


 そんな、優しさのある総侍女長の真剣さを見ていたら、私の失敗は周りにも恥をかかす事になるのかと心配になってしまう。


 客人の私がへんてこで一国の王様が笑われたらどうしよう…。

 母が言ってた

衣食住ある事が当たり前と思うなと。


 義理人情のある王様だから追い出されたりはしないだろうけど、冷たい目線を向けられて耐えられる自信はない。

 それから、解説用のノートに今日教えて貰った事を思い出しながら書く事にした。明日はメモもとろう。


 続いては、採寸だった。


 挨拶してくれるお針子さんやマダムなデザイナーさんは、最初は私に驚いた様子でいた。それが採寸が進むにつれて困ったような感じになってきている。


 お腹とか痩せた気はするけど、胸も小さくなっているのだろうか。だから、こっちの人に比べて随分とささやかだからやりにくいのだろうか。


「先生、どういたしましょう。このデザインですと…」


「そうね。ユウリ様の場合は変更しないと…。お顔立ちや寸法もですが、髪の長さも足りないようですし」


 私の後ろでマダム先生とお針子さんが何やら話しをしている。気にはなるが、腕や手首回りまで採寸中なので振り向けない。


 ただ、意味は分からないが、謝りたくなってしまった。


 まぁ、いいさ。派手さはないし平凡だから仕方ないさ。

 それより、今日の予定はこれで終わりだろう。あとは何しようかな。


 嵐のような採寸タイムの後で抜け殻になりそうになりながら考えた。


 そんな時に、またふざけたインターフォンの音が聞こえた。




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